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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

飲む

職場のボスとサシで飲みに行った。ちゃんとした大人の人とご飯を食べに行ったのなんて初めてだ、と思っていたが、そういえばこの間、同じバイトのお姉さんとご飯に行ったんだった。その前にも、とても大人とは言えないようなクセのある人とご飯に行ったことはあったんだけど、まぁこれはノーカウントとして。

話の内容は……言ってもいいのだろうか。端的にまとめれば、今年一年に限って転属の希望を受け付ける、そこから正社員になれるよ、という話。少し前にこの話をもらって以来、ずーっと悩み抜いているのである。

まず、席に着くやいなや、新人はどんな感じ? と尋ねられた。私は素直に、可愛いです、と答えた。私のキャラクターからは思いもしないような答えが返ってきたという様子で、ボスは驚きながら喜んで見せた。私はいまABCと3つの部署を回っていて、このボスはAのトップ。新人が配属されてきたのはBとCだ。

そこで、この間Bの女の子にときめく瞬間を提供してもらったが、Cの女の子では上手くいかなかったので、やり直しを命じようかと思った、Bは場数を踏んだ百戦錬磨系の女子で可愛いが却って信じられない、Cの方がまだ純朴な感じで、しかし私の力量不足も相俟って会話のラリーが続かない、なんてブログにも書いたエピソードを紹介した。(私も含めてだが)男子がメロメロになってるという話を、ボスは大笑いしながら聞いていたのだった。

それで、私はBには殆ど関わりが無いが、Cに接する機会は多く、そこで可愛い後輩の取り扱いに難儀している、という話をした。会話が続かないから気まずいし、彼女の緊張も解けていないようで、しかし話し掛けられるのが嫌なのかも知れないし、私だって話し掛けるのは苦手なのに、という具合。そこからボスの話がどんどん飛躍していく。まず、そういうことを観察したり考えたりするようになったのが成長であって、この一ヶ月でキミは凄い経験をしているのだよ、ということ。それを脚本じゃなくて、仕事に生かして貰えると良いんだが、と軽く伏線を張られてしまう。そして、彼女と恋仲になって結婚してどうのこうの――と男の勝手な都合でどんどんと話を進めていくボスは、さて今後、キミはこの会社でどうしていくつもりなんだ、と核心に迫ってくる。

これについてはどうしても答えが出せず、いま概ね3つの気持ちがあって悶絶している、と伝えた。まず一つ目。私は今の仕事が嫌いだ。適性にも欠けていると思う。転属すれば、現状からは脱出できる。それは悪くない話だ、と思っている。次に二つ目。とはいえ、転属先での仕事内容が、現在のものとどれだけの差があるというのか。どっちにしたって、私のやりたくない仕事じゃないか。それから三つ目。しかしながら、私の行きたい方向になど、行くと言って行けるものなのか。そもそも、箸にも棒にも引っかからず、私は今の会社に拾ってもらった経緯がある。小さな不満は沢山あるが、今の処遇について会社には感謝しかない。好き嫌いはあれど、みんな私には良くしてくれているし。それを蹴って出て行けるほど、それは確かな道なのか。まぁ、大体こういうところだ。

ボスは、なんだかんだ言って私が転属の希望を出して正社員になる道を選ぶ、と思っていて、その方向でどんどん話を進めていく。私は、ありがたさとありがた迷惑さを同時にヒシヒシと感じつつ、人生の何故こうも思い通りに行かないかと落ち込みながら、しかし上司と飲みながら人生の進み先を逡巡するなんていう自分の人生にこれまでなかったドラマ的展開に少し高揚して、苦笑いするしかなかった。

お前かよ

さて、仕事中のこと、本当に普通に仕事をしていたら、「なに? 面倒くさいの?」と言われてしまう。いや、面倒くさいよ。でも、それは別に今に始まったこっちゃないし、むしろ賃金相応のやる気を出して仕事には取り組んでいるんでね。「私のこと嫌いなの?」いや、あなたのことは嫌いだし、でもそれをおくびにも出さずにこっちは仕事をやっているわけでね、その分余計なエネルギーを使わなきゃならないんだから、改めてあなたのことは嫌いですが、何か?

と思って、あっと気付いた。コイツか、うちの部署に私のクレームを入れてきた奴は。それで、ここで変に愛想良くしても、それこそおかしいから、あえて普段通りに仕事をしたわけ。自分で言うのも何だけど、そんなに捨てたもんじゃないと思うのよ。で、いや彼はいつもこんな感じで、シャイで、とよく分からないフォローを周りがしてくれたおかげで、私に敵意がない(本当はあるが)ことだけは分かって貰えたらしく、そうか周りの人間の愛想が良すぎるんだ、お前は損してるぞ、と散々嫌みを言って、そいつは去って行った。何様なんだよ、死ねよ。

ただ唯一の反省点としては、やはり「嫌いだ」という感情が、どれだけ隠しても相手に伝わってしまうことで、いや反省なんかしないんだけどな。逆に「好きだ」という気持ちを汲み取ってくれたら、私は幸せになれるのに。いや、好きな奴なんかいないんだけどな。

一色の夢

大学時代のことをうっすらと思い出した私は、当時一番仲の良かった友人の名前をネットで検索してみることにした。

とか言うと、お前友達なんかいないって言ってたじゃん、と日頃より励ましの声をいただいていた読者諸氏から失望の混じったツッコミが入りそうなので、事情はきちんと説明しておこう。とりあえず、友達はいない。

いまや大学というのは、3回生4回生のゼミナールのみならず、大学生活の中心となるクラスが用意されており、1回生2回生の間はそこに所属することに一応なっている。一応というのは、ゼミ講義と異なりクラス講義は強制的に履修させられてしまうからである。実は参加・出席しなくても単位を落とすだけなのだが、入学早々そういうわけにも行かず、私もとりあえず出席していたという具合だ。

そこで出会ったのがIである。クラスの顔合わせ初日、私は指定された教室に一番早く到着した。その後、一人二人とメンバーが現れ、Iもやってきた。私は部屋の一番隅に陣取っていて、他にも空いている席は沢山あったにもかかわらず、少し離れたところに座っていた人間(I曰く「キモい奴」)を避けるようにして、Iは私の隣に座ったのだった。

後に、「お前俺のことが嫌いだろう」と言って(私は何も言っていないのに)私の本心を見抜いた上で去って行ったKともココで出会い、そのままお昼ご飯を食べに行ったのを覚えている。私は挫折と妥協の末に入学したこの大学で人間関係など作るつもりは一切無かったのだが、クラスのある日はもちろん、同じ講義を受ける日などはIと行動することが多くなった。帰り道が同じだったし、趣味が一切合わないのに、妙に話が合う奴だった。私のわかりにくいボケの意図を瞬時に察知して的確にツッコミを入れてくれたのは、後にも先にも彼だけだった。

とはいえ、付き合いはその程度だった。2回生まではなんだかんだで毎日出席しないと必須単位が集まらないようなシステムになっていたのだが、3回生以降、彼とはどんどん疎遠になっていく。私は学校に行くことすら嫌で、一年で履修できる単位の上限いっぱいを前期に割り当て、後期は週一しか登校しない、という方法をとっていたからだ。そんな無茶な履修の仕方をしていたものだから、毎日辛かったうえ、なかなかの規模で単位を落としていった。

Iのことはクラスのメンバーだった奴から聞いたり、たまに構内ですれ違うI本人と生存報告をしあって知ったのだが、彼も随分単位を落としていたようだ。Iもまた、挫折と妥協の末にこの大学に入学し、私同様のスチューデント・アパシーに陥っており、勉学にも遊びにも身が入らなかったのだった。

卒業式の日、私は式典には出席せず、ゼミの教授にだけ挨拶をするために、法学部生に指定された集合場所に赴いた。そこでかつて同じクラスだった連中から、お前卒業できるんか、と喝采を受けた(バカにされた)のを覚えている。みんな就職も決まって、華やかな学生生活の終わりを名残惜しそうに迎えているのだった。

私は無事に卒業できたことを安心する気持ちと、暗鬱な毎日に終止符が打てる喜びと、望んだ大学生活が送れなかったことに対する恨みと、この大学を卒業したことが私の経歴に一生消せない烙印として刻まれることの苦痛と、今後のことが一切決まっていない底知れぬ不安を、ぐちゃぐちゃに抱えていた。この気持ちを、Iなら分かってくれるんじゃないか、と思った。しかし、そこに彼の姿はなかった。

あれから5年。あっという間の気もするし、あれ? あんまり時間経ってないな、という気もする。折に触れて彼のことを思いだし、名前を検索してみることはあったが、見つかるのは別人ばかりだった。しかし今回、ちょっと真剣に探してみたら、案外簡単に彼のことが見つかった。要は探す人間の気持ちの問題だったのだろう。

彼は私と同じ年に大学を卒業していた。卒業した年から、京都市の飲食業の店で働いているらしい。SNSは2012年の中頃から更新が途絶えている。無事にやっているのかどうかは分からないけれど、そうか卒業できたのか、と人ごとながら嬉しくなったのだった。俺たち、負けたけど勝ったんだな、みたいな。彼について分かったのはそれだけだった。あと、私は彼の名字を微妙に間違えて呼んでいたことも判明した。ごめん。

その夜、彼の夢を見た。すっかり忘れていたが、彼はイタリアが好きで、第二外国語とは別にイタリア語の授業を受けていたのだった。こんな形で記憶を取り戻したのは、生まれて初めてだった。

寂しいは美しい

夜中にチャットモンチーとか聴いてると、大学生の頃に徹夜でせっせと提出レポートを作っていた頃を思い出す。タダでさえ落ちこぼれで人生周回遅れだったのに、頼れる友人もいなくて、いつも単位を落として留年してしまう恐怖と戦っていたあの頃。おかげさまで、履修可能の単位をフルで使って何とか卒業できたのだった。

全然楽しくなかったのに、寂しい記憶しかないのに、大学近くの道とか、教室から見た外の景色とか、もの凄く綺麗だった気がするのは何でだろう。寂しさと美しさっていうのは、強く結びつくものなのかも知れない。楽しかったことより、寂しかったことの方が、なんとなく良く覚えているのも、それを私が美しいと思っていたからかも知れない。

いま思い出すと、辛かった高校生活にもどことなく美しさを感じるし、楽しかったはずの中学生活についても、思い出されるのはちょっと寂しい瞬間だったりする。卒業を間近に控えた頃のことだとか、女の子が妙に可愛く思えて、でも私にはまるで縁が無いなと何度も諦めたその瞬間の一つ一つだとか。

寂しいは美しい。それを辛気くささなしに物語にすることは出来ないだろうか。

お前なんかどうでもいいんだよ

こういうときだけ開き直るけれども、私は子どもだ。どうしても大人になれない。理不尽な扱いを受けたとき、あるいは(自分のことを棚に上げているのは承知の上でいうが)無礼な振る舞いをされたとき、私は状況が許す限りあからさまに反発してしまうし、さすがにそれが出来ないようなときでもそれが平気で態度に出てしまう。

どうも私が通っている部署で「あの若い男の対応がなっていない」と苦情があったようだ。一応、若い男というのは私のことらしい。確かに私は、業務知識は中途半端だし、社会人としての振る舞いも稚拙きわまりないという自覚がある。とはいえ、自分で言うのも何だが、人当たりは良いつもりだし、形になっていなくても丁寧さはあると思うし、それがある程度伝わっているであろうという実感もある。無いやる気を必死に振り絞っている、と常々愚痴っているが、まさに私がその振り絞ったやる気を注いでいるのが、この「人間との対面」なのである。

そこに文句を言ってくるって、どういうことだろう。ハッキリいって、全く身に覚えがない。それで話を聞いてみたら、それが随分と横柄なものの言い方をする奴で、無茶なことばかり言ってくる奴だったらしい。それを聞いても私は全くその人を思い出せないのだが、まぁ大体私が取った態度というのは想像出来る。皆さん正社員の方々は頭が上がらないんだろうが、私なんてどーせ非正規雇用だし、最悪「バイトですから」って伝家の宝刀を抜いちゃえばいいんじゃね? って心のどこかで思っている。この余裕(というか投げやりな人生観)に促されるように、不快感がそのまま態度に表れた、ということだろう。

しかし、人に嫌われるというのは、やはり凹む。それがたとえ嫌いな人であっても、嫌われるのは悲しいものだ。別に今回に限らず、どーしてそんなに嫌われなきゃならないんだろう、という人が会社には今のところあと二人いて、お前のこと嫌いだから別の人間に頼むわと言われたり、私のミス(ではないのだが)にだけ異常に過敏で大声で怒鳴りつけられたりする。

思えば、中学の時の美術教師には、彼女のクラスの生徒に死ねと悪口を言った、という完全なる人違いをされた上で、彼女に嫌われ美術の成績が2になったという過去があるし(上島お前だよ、死ね)、高校の時の書道教師にも何故か嫌われていた。多少可愛げの無い対応を取ったとはいえ、高校では英語科の教員連中にも不当な扱いを受けた

こんな例ばかり挙げていると、私の人格によほど問題があるのだろうと思われるのかも知れない。しかし、確かに屈折はしているんだけど、臆病者で気が弱いから、人に嫌われるのも怖くて、なるべく人を不快にしないような振る舞いに(多少例外はあっても)努めてきたつもりだ。嫌われる、ということに、人一倍ビクビクして来たのである。

それもいよいよアホらしいと、最近では思えるようになったかも知れない。相変わらず凹むけど、振り返ってみても、私を嫌いだといった奴なんて、本当にどうでも良い奴ばかりだった。そして、私を好きだと言ってくれた人は、本当にいい人ばかりだった。私はそういう人だけを大切にすれば良かったのだ。なんでこんなことに気付かなかったのだろう。

えーと、何の話だっけ。そうだ、明日仕事に行きたくないって話だった。