京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

理力の杖

うっすらした記憶を元に書くが、理力の杖、という武器をご存じか。ドラクエの武器で、魔法使いとか僧侶のような、腕力の弱いキャラクターの装備品である。これで攻撃すると、呪文でしか活躍できないへっぽこキャラでも、そこそこ気の利いたダメージを与えることが出来る、という代物だ。初めてこの武器を手にしたとき、後方支援の分際で比較的逞しい攻撃が出来ることに感動したことを覚えている。

しかし、大きな弱点があって、この武器を装備していると、攻撃するたびにMPが少しずつ消費されてしまうのである。魔法使い・僧侶の唯一の存在意義であるMPを犠牲に、わずかばかりの攻撃力上昇が見込める、という実はとんでもない罠アイテムだったのである。

ここ数日でふと気付いた。私は、理力の杖を装備しているのではないか。振り返ってみれば、いつもそうであるような気がする。ぶっちゃけて言うと、女の子がいると自然に振る舞うことが出来ないのだ。心のどこかで、そばにいる女子の存在を常に計算に入れて行動している。といっても、特別なことをするわけじゃない。そんなことが出来るわけでもない。でも、普段の行動に2%くらいの「気取り」のようなものを混ぜてしまい、しかも、その足した2%の部分の反応を常に気にしている、といった有様なのである。

これが「ド緊張して150%の気持ちで臨む」なら終わった後にどっと疲れるだけで済むのだが、「2%ずつ消費して、2%分の成果を常に気にする」のは、心に余裕がある分、何かに蝕まれるような病的な消耗感がある。ただでさえ、この気持ちの悪い事実に気付いて傷ついているというのに。

改めてたとえてみれば、ギャンブルで一気に100万スってしまうのと、毎回500円で博打をしているうちにトータル500万損してしまうのと、どっちがキツいか、という話に近いのかも知れない。いや、最初からこっちの話をしておけば良かったね。

適切な距離感

うちの会社は独自の文化があって、一般的な企業のような社会人的振る舞いをあまり要求されない、という一面がある。たとえば、普通なら人を呼ぶときに係長・課長・部長と役職で呼んだり、あるいは○○課長・××部長と役職の前に名字を付けて人を呼ぶでしょう。うちの会社にはそれがなくて、全部「○○さん」で統一されている。唯一、部署のトップが役職名で呼ばれるのだけれど、その時も「部長さん」と呼ぶのが一般的になっているのだ。ちなみに、この「役職名+さん」というのは社会人としてはルール違反、とされている。

社会人経験のないままこの会社に就職したものの、この文化にはずっと違和感を覚えていた、ということを思い出した。さすがに今でも部長のことは「部長」と呼ぶが、その他の社員に対しては全て「○○さん」と呼びかけるのが当たり前になっている。私もすっかりこの会社の文化に馴染んでしまっているのだ。そのことを思い出させてくれたのが、後輩である。社会人の嗜みというものをどこかで勉強してきたのだろう、彼女は全ての役職者に対して、○○課長・××部長、と声を掛けるのである。この違和感と言ったらない。しかし、彼女のやり方は社会人としては正しいので、ツッコミの入れようもないのである。

そして、彼女が自分の同期の話をするときに、その同期を呼び捨てにしているのを聞いて、私はハッとした。そうだ、社会人たるもの他人の前で同期のことは呼び捨てにせねばならないのである。客に向かって「社長は外出されています」などと敬語を使わないのと、理屈は同じだ。私はこれも平気で「さん」や「くん」付けをしているのである。良い気になって先輩面しているが、一生懸命社会人になろうとしている後輩の方が、既にもう立派な社会人ではないか、と私は自分の不明を恥じた。

しかし。しかしだ。角度を変えてみれば、彼女の振る舞いも正しいとは言い切れないと思う。これがうちの社風であり文化なのだから、社員としてそれに馴染んでいくのもまたあるべき姿なのではないか、ということだ。いや、本当はそんな大げさなことが言いたいんじゃない。彼女、きちんとしなければ、という気持ちが先に立ちすぎているのだ。一つの部署にはそんなにメンバーがいないのだから、もっとフランクに行きたいのに、どうも常に一定の距離を取られている感があるのである。単に私が嫌われているだけなのか、それもイマイチよく分からないのだが、なーんか一日が終わるといつもとは違う形でいつも凹んでいる自分がいるのである。

『あなたにドロップキックを』

『あなたにドロップキックを』 イモトアヤコ 惡斗 ほか

NHKの創作シナリオ大賞受賞作。芸人がする演技って苦手で、しかも相手はプロレスラーで、芝居できる奴いないんじゃね? という気持ちがあってなかなか見られなかったのだが、案外良かった。シナリオも面白かった。

結婚直前に婚約破棄されたアラサーの看護師・秋子が、ひょんなことから女子プロレスラー・モモと出会い、彼女の放つドロップキックに魅了される。元婚約者に一発お見舞いしてやろうと考えた秋子は道場に入門するのだが――というお話。

秋子は自分が脇役の人生を歩んでいる、という思いに囚われている。まぁ囚われても仕方ないのかも知れない。婚約者は幼なじみと結婚するために自分の元から離れていったのだ。こんなのベタなドラマの脇役そのものの人生ではないか。そんな秋子が、女子プロレスラー・モモと出会う。

モモが繰り出すドロップキックの迫力に秋子は惚れる。秋子にとって、モモは主役の人生を歩んでいるように思えた。しかし、モモも主役ではなかった。結婚を考えている彼に自分の職業について話すことが出来ていなかったのだ。そして秋子もずっと知らなかったのだが、モモは強烈な悪役レスラーだった。

主役を引き立てるだけの脇役なんて嫌だ、と思っていた秋子は、モモのために脇役に徹することを誓う。モモの彼氏を、モモが悪役としてリングに上がる試合に連れて行くのである。プロレスはガチではない。ブックだ。だから悪役レスラーは勝てないのだが、秋子は戦うモモを見て熱くなってくる。本気で勝って欲しいと思う。それでとうとう、モモの彼氏の前で、醜い悪役レスラーのことをモモと呼んでしまう。

試合後、控え室でモモと彼は対面する。戦うモモが格好良かったと言って、彼は彼女を受け入れる。勝つことを許されない悪役レスラーの人生が、主役のような輝きに照らされるのである。これを見た秋子は、脇役だからといって卑屈であることを止める。そして手始めに、元婚約者に死ぬほど罵声を浴びせかけ、自分の人生をもう一度歩き始める決意をする。

さて、これを見たのは言うまでもない。また私はこのコンクールに作品を出そうとしているのである。しかし、現時点で1/9しか出来ていない。その上、結末が未だ決まらん。うーん、出せるのか。出せない、という訳には行かないのだ、今回ばかりは。

シナリオの書式設定・その後

以前、シナリオの書式設定について記事を書いたことがある。そこで、ト書き・セリフ、についてインデントの設定をするのが大変煩わしい、とぼやいていたのだが、これがあっさりと解決してしまったので紹介する。って、こんなこと今更言われんでも分かっとるわい、というツッコミが入りそうだが、分かってたなら教えてくれれば良かったじゃないか、と先に言っておきたい。

では本題。一太郎の割付機能を使う。割付ってのは、任意のキーに任意の機能を割り当てる機能だ(英語で「キーアサイン」とかいう)。ツール→割付→キー、の順に進んでいけば、設定画面にたどり着く。

そこで、任意のキーに「インデントプラス(2カラム)」「インデントマイナス(2カラム)」を割り付ける。ただこれだけである。

1カラムが半角1文字に相当するので、2カラム(すなわち全角1文字分)と表示されている方を割り付けるようにしよう。インデントプラスで字下げが増えていく。インデントマイナスで字下げが減っていく。

で、これを具体的にシナリオに適用していく。

ト書きはすべて3マス字下げなので、インデントプラスを3回押す。

セリフは1マスのぶら下げインデントなので、セリフが複数行にまたがるときに、2行目にカーソルを合わせてインデントプラスを1回押す。すると2行目以降がすべて1マス字下げになる。

この方法を発見してからというもの、シナリオの作成効率が飛躍的にアップした。あとはアイデアだけである。

別人を演じる

別人を演じるにはどうすれば良いか。まずは自分を騙すことだ。

この部署で働くとき私は、要領が良くて気が利く奴、ということになっている。嘘だと分かっていても、お世辞だと分かっていても、そう言ってくれるのを信じられたら、自ずと人はそういうキャラクターになるものだ。だから、私は原則的に引きこもりだし、友達は0人だし、非モテで女の子と喋ることもままならないのだ、と言っても、またまた~という反応が返ってくる。もちろん、これも私に気を遣って向こうが嘘をついてくれているのだが、自分を少しずつ騙すことで、自分が少しずつ今の自分から離れていき、そしてそれが少しずつ本当の自分になっていくのである。

それにしても、やっぱりこっちの新人の子は可愛すぎる。仕事熱心で私にどんどん質問してきてくれるし(あんまり上手く答えられていないのが申し訳ない)、仕事以外の話もしてくれる。横目でチラチラ観察していると、気を遣って色んな人に話し掛けているし、行きたくもないだろうに自分から飲み会を提案したりするし、別に呼びたくもないだろうにその会に私を誘ってくれたりする。出来すぎだ。逆に怖い。女の子なんて信じられない。それでも可愛い。だから本当に女の子は怖い。

悲しいことに私には、こういう女性を愛でる気持ちはあっても、どうにかしてなんとかできないかという下心はもうすっかりない。彼女を含めて職場でのコミュニケーションが純粋に楽しいのだ。だからこそ、相手が心の底で私を嫌っているんじゃないか、と思うと怖くなるし、ついつい調子に乗って羽目を外す自分が心底鬱陶しい。結局、私は別人にはなりきれないということか。