京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『石ノ森章太郎のマンガ家入門』

石ノ森章太郎のマンガ家入門』 石ノ森章太郎

別に漫画家になりたいわけではなくて、漫画家と言われる人たちがどれだけ映画を意識して物語を書いているのか、が知りたくて、このところ漫画家入門書を読んでいる。

藤子・F・不二雄手塚治虫、に続いて、今回は石ノ森章太郎。多分、この本が一番、マンガを描くことに特化した本だと思う。マンガを描く手順をさらっと概説した後、漫画家の人生を「自己紹介」という形で説明し、自作を分析することでストーリーマンガの技法を余すことなく公開し、後は読者の質問に答える、というのが本書の大きな流れ。「自己紹介」はマンガ史としての価値を持ち読み応えがある。自作の分析はやはり本書の圧巻で、強く映画の影響を受けていることが窺える。

藤子にせよ手塚にせよ石ノ森にせよ、実は三者とも言っていること、やっていることが同じ、というのが面白い。とにかくインプットしろ、とにかくアウトプットしろ、ノートを取れ、アイデアは既存のものの組み合わせ……。そして、三人とも映画の構成について鋭い分析眼を持っている。どれも相当古い本なのに、今日展開される映画の構成論をきちんと把握している。出だしで興味を引き、中盤に山を置き、クライマックスでテンポを早めて、エピローグで余韻を残す。いわゆる、起承転結、という奴。

ハリウッド流の構成術といえば三幕構成で、シド・フィールドの本がいまさら日本に入ってきて、三幕三幕とみんな言い始めている。それで実は日本にも序破急という構成術があって、ハリウッドより世阿弥が先だ、なんて言い出す。それまで中心的役割を担っていた起承転結は、漢詩の構成術だから映画とは関係ないとか言われて、どこかに追いやられてしまった。それを言うなら序破急だって能の話で、映画とは違うだろと言いたくなるのだが。ところが、物語全体を1:2:1に分割する三幕構成も、中盤部分がダレるため、ミッドポイントによって、実は1:1:1:1に分割する、つまり四幕構成で行く、というのが主流になってきている。これは要するに起承転結のことだろう。

石黒圭の『よくわかる文章表現の技術』という本に、英語の文章は問題提起から結論までが直線形で、一方日本の起承転結という構成は起承までが直線で、点で話が急に違う方向を向き、結でオチが付く、という形を取る、という話があった(気がする)。これはまさに、ハリウッドの三幕構成と、日本の起承転結に対応する。そして、映画の構成としては、起承転結の方が当然面白い、のではないかと思うのだがどうだろう。

いや、えらく話がそれたが、本書を読んでそんなことを考えた。

石ノ森章太郎のマンガ家入門 (秋田文庫)

石ノ森章太郎のマンガ家入門 (秋田文庫)