読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

言葉の趣味

言葉の誤用が嫌いだ、なんてまともに日本語が使えない私が言って良いセリフではない。しかし、嫌いだ。有名すぎる誤用といったら「すべからく」で、これを見つけると鬼の首を取ったように誤用誤用という人たちがいるけれども、どっちかというと私もそっち側の人間かも知れない。

ただ先にも断った通り、私はまともに日本語も使えないアホな日本人だから、アホには寛容だ。つまり、何も知らずに誤った言葉の使い方をしているのはセーフにする。そうしないと私自身がアウトだらけだもの。

では何がアウトなのかというと、アホなくせに賢いフリをしようとして結果失敗しているパターンだ。ここにおいてやはり「すべからく」は最右翼だろう。「すべて」という最も一般的な表現があるのに、敢えて「すべからく」と言おうとする。知らない言葉なのに辞書を使わない。「すべ」という二音が同じだけで意味まで同じと考える浅はかさ。「すべからく」はアホ発見器としては極めて優秀だろう。アホが自分を賢く見せようとする姿ほど醜いものは無い。

すこし話はズレるかも知れないが、最近よく耳にする「ほぼほぼ」という訳の分からない言葉にも虫酸が走る思いがする。「ほぼ」を強調する新語で、日本語においては副詞を重ねて強調表現にすることは一般的らしく、その流れをくむとのことだが、この言葉のウザさは「すべからく」の誤用に通じるものがある。

まぁ「ほぼほぼ」なんていう奴はただのアホだと私は思っていて、多分使っている本人も自分を賢く見せようとは思っていないだろうが、どこか世間ズレしているというか、事情通っぽさが出るというのか、自分の言葉に権威を与える意図を感じる。

なーんて、別に「すべからく」にしたって「ほぼほぼ」にしたって、好きに使えば良いと思うけど、趣味に合わない言葉は絶対に使いたくないし、趣味の合わない言葉を使っている人とはあまり関わりたくないな。ちなみに、私が言葉を誤用していたらその時は容赦なく突っ込んでくれて構いません。読んでる人がいないけどね、このブログ。