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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

一人暮らしをすると勝手に大人になるという仮説

子供の頃は何をするのでもお父さんやお母さんがやってくれたものだ。不器用だから子供には出来ないとか、難しいから子供には分からない、ということもあるけれど、中には、子供にでも出来るけれど大人の方が上手く出来るから、という理由で、親が勝手にやったり、勝手に決めたりした、ということが沢山あったのではないだろうか。

親というのはいつまで経っても息子をコドモと思うのだろうが、恥ずかしい話、30を過ぎた今でも、親が代わりを務めてくれるということがしょっちゅうある。それこそ思春期の頃などは、余計なことをするなと思ったものだが、逆に29までなると親と自分自身に対する諦めが出てくる。どーせ私は一生コドモのままなんだろうな、みたいなね。

一人暮らしをすると、当たり前の話だけれど、全部自分で決めなきゃいけない。これはきっと、コドモを大人にする。例えば、AとBの選択肢があって、どちらかを選ばなければならないというとき、考えた末にAを選ぶとするでしょう。お家に帰って、お母さんにその話を報告すると、お母さんは怒るわけです。「これがこれでこうなんだから、どうしてBにしなかったの」と。お母さんは、コドモにより良いBを与えてやりたいが故に、こういう言い方をしてしまう。もしAとBを選択する場面に、お母さんも一緒にいたら、お母さんはコドモの考えなんか考慮もしないで、Bを選んでコドモに与えるでしょう。

こういうことを繰り返していると、多分コドモはいつまで経ってもよりよい選択を自信を持ってすることが出来ない。それで、大人にもなれない。自分でAを選んで、「あぁやっちまった」という実感を自分で得ないと、次に進めないのだ。自分の責任の範囲で自分で決めるのが、大人の第一歩であり、第一条件ではないのか。

コドモのためを思うが故にコドモの決定を非難する優しい親の存在は、コドモの成長の妨げになる。大人になるから親元を離れるんじゃなくて、親元を離れて生きていると知らぬ間に大人になっているのだ。えーと、これは当たり前の話かな。