京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

全体を把握する

たとえば、英単語帳を一冊覚えなければならない、とする。

1ページ目をめくって読むなり書くなりして覚える。次は2ページ目。その次は3ページ目、とやって、だんだん疲れてくる。随分勉強したような気になる。しかし、めくった紙はたった1枚だ。それに比べて残っている本のページの厚さったらない。このさきまだこんなに覚えなければならないのか、と絶望的な気持ちになる。とてもじゃないけど、覚えきれないと思う。

多分、この段階では、この単語帳を覚えることは出来ない。このままこのペースで最後まで行こうとすると、早晩破綻する。これは記憶力の問題じゃなくて、心の問題なのだ。量に圧倒されている間は手に負えないのである。

といって、「なんだ、たったこれだけか」と思い込んだって意味はない。ただ、常に全体を把握しようという意識を持って取り組むことが重要なのだ。大体こういう内容だ、大体ここら辺に大体こんなことが書かれている、と本の情報を取り込んでいく。毎回開くページがたまたま同じで、毎回たまたま目に飛び込んでくる単語は、きっと真っ先に覚えてしまうだろう。本に折り目が付いてしまって、その折り目を気にしていたら、すぐ横にある単語も覚えてしまう。このページをめくったらあの単語がある、というような覚え方も出来る。本の作りすら情報にしてしまう。こんな意識的な意識によって、やがて自分が冷静に全体を把握出来るようになっていることに気がつくだろう。

そこで初めて、「なんだ、これだけか」と思えるようになる。「たったこれだけ」とは思えないかも知れないが、「出来なくはないかも知れない」と思えるようになる。量に圧倒されている状態からは解放されるのだ。そこからようやく、本当に覚える作業が始まる。

私のような馬鹿には、こういう泥臭い方法しかない。