京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『ながらえば』

『ながらえば』 笠智衆 ほか

長年連れ添った妻が入院した。娘夫婦の世話になることになった笠智衆は、妻とろくに言葉も交わさぬまま、長く住み慣れた名古屋を離れて富山に移り住むことになる。しかし、富山について間もなく、汽車賃が欲しいと笠智衆が言い出し、金を奪って汽車に飛び乗ってしまう――。

ジジイというのは偏屈で頑固なものだ。素直に言葉に出来ない。恥ずかしくて表現できない。妻が手術をして入院することになった。目を覚ますまで待とうという家族の話も聞かず、ジジイは早々に病院を後にしようとする。ジジイは一人で生活できない。引き取るのは娘夫婦だ。娘の夫は富山に転勤が決まっており、ジジイは病院からそのまま富山に向かうことになっている。もしかしたら、これが妻との最後の別れになってしまうかも知れない。でも、ジジイは頑固だ。偏屈だ。言いだしたら聞かない。それでとうとう、挨拶を交わさないまま向こうに行ってしまうのだった。

しかし、富山に着いてからジジイは後悔する。やっぱりちゃんと会っておくんだった。これが最後になるかも知れないんだから、言うべきことをきちんと言っておくんだった。そう思うといても立ってもいられない。それで娘たちに金の無心をする。もちろん、聞き入れてもらえない。来たばっかりで何を言ってるの。そりゃそうなんだ。でも、行きたいんだから仕方ない。とはいえ、妻に、婆さんにもう一回会いたいんだ、なんて言えない。だから、ジジイは金を奪って電車に飛び乗る。

ジジイは欄間職人だった。そうか、名古屋に残してきた自分の最高傑作が心残りなんだろう。芸術家ではない、町の無名の職人の、その最高傑作は処分が決まっている。じいさんはそれを見に行ったのさ、と家族は思っている。

笠智衆が乗ったのは急行列車だった。買った切符では乗ってはいけない列車。それで途中下車することになる。次の列車まではまだ随分ある。少し時間をつぶすことにする。でも、そこがジジイだ。時間を潰しすぎてしまう。必死で走ってなんとか列車に間に合いそうだったが、次は肝心の切符が見当たらない。とうとう電車は目の前を行ってしまう。どことも知れぬ田舎。電車はもうない。

無銭宿泊するつもりで、笠智衆は近くの宿を訪れる。無銭だから、女中さんが用意してくれる間もずっと正座している。その夜、偶然にも病で伏していた大女将が身罷る。女中さんのお祖母ちゃんだ。その夫・宇野重吉にお悔やみの言葉をかけた笠智衆は、そこで生前妻に優しくしてやれなかったと後悔する宇野重吉の言葉を深く受け止める。そして、今の自分の状況を彼に告白する。こんな時に大変申し訳ないのだが――。宇野重吉笠智衆に自分の二の舞を演じて欲しくないと考え、金を渡し、夜行列車に乗るよう進める。ところが夜行列車はもう出て行ってしまっていた。笠智衆の持っている時計が狂っていたのだ。そうか、それで昼の電車に乗り遅れたのか、と思う。

翌朝、病院には容態の急変を聞いて駆けつけた家族が待っている。婆さんは峠を越えていまは小康状態。ぼんやりとした意識の中で、ジジイが来ることを信じている。「30分も待ったなんて、待った方だよ」と婆さんは微笑む。

そこにノコノコと現れたジジイを家族は責める。こんな時に何をしていたの、と。ジジイは婆さんの元へ行く。静かに眠る婆さんに、ジジイはキスしようとする。が、その瞬間婆さんは目を覚まし、ジジイはまたついつい、いつもの突っ慳貪な態度を取ってしまう。そして、あれこれと言い合った末に、心を絞るようにしてジジイは言うのだ。「ワシは、ワシは、お前と一緒におりたい」と。

作劇の基本は対比だ。笠智衆とその妻。笠智衆を引き取った娘夫婦はいかにも当時の夫婦。名古屋に残ったもう一人の娘は、酒乱の夫のDVを受けていて「夫」という存在自体に嫌悪を感じている。そして、妻への後悔を口にする宇野重吉。老年と若年と、プラスとマイナスと。

登場人物がとって付けたように勘違いをして口うるさく長台詞を吐くのと、笠智衆の相変わらずの演技には閉口するが、最後の最後で視聴者に綺麗に涙を流させる山田太一の技量には感服する。