京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

出世

思い返してみれば、思い返すまでも無く私には友達がいない。小学生の頃は生意気だったし、中学生の頃は気持ち悪がられていたし(もちろん原因は私に)、高校の時は完全にふさぎ込んでいたし、浪人時代はそもそも人との接触が無かったし。そして、大学に入ったときには、もういろんな意味で意気消沈していて、時間が過ぎることだけを、一方でモラトリアムが終わらないことだけを、一心いや二心に願っていた。

まぁ不遜な奴というのか、不逞な輩というのか、大学に行っている意味を消したかったのだ。こんな大学、頼まれたって行くものかと思っていたところに、何とか拾ってもらった。それが悔しかった。今だって悔しい。色々寂しい思いをしたのも、全て報われると思っていたのに。今だって思っているのに。それで、人と関わるのを避けた。人と関わって、そこに意味が生まれるのが嫌だった。全部が無意味で、ほらやっぱり私のいるべきところじゃ無いんだ、と正当化したかったんだろう。いま思うと、ものすごく寂しい。いや、やってる最中から寂しかった。ホント、厄介な性格というか病気なんじゃ無いかと思う。そんな調子だから、人に好かれる事なんて無かった。

大学で名前を覚えているのは、同じクラスで同じ班として発表をすることになったISとKT1くらい。あと、初日に全体の説明会に遅刻して後に同じクラスで出会ったFK。それから、KT2か。といっても、そのクラスも1回2回までで、3回以降はゼミに所属して特に連絡もし合わないから行方知れず。ISはスチューデントアパシーに陥っており、その後、卒業できたのかも定かじゃない。KT1は名前で検索するとどうやら文科省に入ったらしい。FKはオヤジの後を継ぐとか継がないとか言っていたがあれから予備校に行って医学部を経て、いまはお医者様らしい。大学生になったというのに小便一つ自分一人でやらなかったKT2は検索したってどこにも名前は出てこない。宜なるかな、といった感じ。内心ずっといらいらしており、それくらい自分で決めろよと繰り返していたら、ある日むこうから絶交を宣言された。まぁ、名前を検索しても出てこないのは私も一緒で、これもまた然もありなん、といったところか。

ゼミなんて、入学当初に配属されたクラスより緩く編成されていたから、名前を覚えている奴なんか一人もいない。いや、一人だけ覚えている奴がいる。それを思い出して、検索したんだ、というのがこの記事の本題。それでまぁ驚いたことにそいつ、政治家になってやがる。学年は一つ上で、私は好かれていないこともあって、随分馬鹿にされた。何で名前を覚えているかと言えば、ゼミの最中もやたらと自分の名前を連呼していたから。その意味では根っからの政治家気質なのかも知れない。名前を明かしてやりたいが、私の正体はバレないだろうけど、私の学歴がバレるから書くに書けない。ゼミにいた頃から、インターンシップだ何だと言って政治家の手伝いをやってる話をしていたが、なんだそういうことだったのかと合点がいった。まったく憎たらしい顔だ。これといった能力がなくても、外面(そとづら)が良くて、口が上手ければ出世するという典型を見た気がする。まぁまぁ、こんな奴らが世の中をどうのこうのと言ってる(言ってるならまだしも、そのフリだけしてる)んだから、世の中なんてどうにもならんわな。