京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

キレられる

電車で隣に座った人からキレられてしまう。身体が触れたとか触れないとか。うーん、まぁ触れたんだろう。しかし、これだけ人が密集するところで、ちょっとくらい触れたり触れなかったりするのは想定の範囲内じゃ無いのかな。だから、みんなそれぞれなんとなくやり過ごしているし、足を踏んで明らかに迷惑を掛けたなんて時はサクッと謝って、お互い何にもなしって言うことにするのが世の中なんだと思ってたんだけど、そうじゃない人っていうのもいるらしい。

あまりに急だったんで何を言われたのかハッキリ分からないが、電車が揺れたときに確かに少し触れた感覚があった直後(瞬間?)のことだったから、そのことだろうと思ってすぐに詫びを入れた。誰も喋らない車内で、いきなりそこそこのトーンで声が出せるくらいご立腹だったのだろう。まぁ電車にはうざい奴がいるもので、彼にとったら私もそういう一人だった、というところでは申し訳なさしかないのだけれど、スーツを着たいい大人でもこういう振る舞いをする人はいるんだなぁと思う。たまにそういう人を見かけるけれど、自分がそういう人に当たるとは思わなかった。まぁぶつかった(繰り返しになるが、肩が触れた程度)のは私だから、あんまり文句も言えない。

しかし、ふと思った。恐らく年下の、このビジネスマン。仮に私が巨漢で顔の半分にタトゥーでも入っていれば、同じように食って掛かってきただろうか。つまり、私は舐められていたのだろう。こいつなら勝てる、言い返してこないだろう、やり返してこないだろう、と思われていたのだ。そう考えた途端、なんだか釈然としないものが心を満たし始め、「こっちも一発キレたろかな」と子供じみた考えを起こさせる。というわけで、逆にこいつがこっちに当たってきたら、やっちゃおうかなと思いつつ待ち構えていたんだけど、結局そういうことは無かった。無くて本当に良かった、と今ならそう思える。「カッとなる」ってのは本当に恐ろしい。

ちなみにあの男、池田屋事件がどうのこうのと書かれた小説を読んでいた。新撰組やら維新志士の活躍を思い描いた末に、自分も世直しを、とでも思ったのかも知れない。

と、「世間の常識」という、いつだって使う人間にとって都合の良いものを持ち出して自分を正当化してみたんだけど、何度も言うように、当たったのは私の方だから、謝らざるを得んよなぁという話。