京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

並行読みと一冊ノート

やりたいことが多すぎて、学びたい分野が多すぎて、そのどれもに手を付けて、そのどれもが中途半端。

たとえば、脚本を書きたい。脚本を書くための勉強がしたい。そのための学校に行きたい。そのために映画理論や映画史を勉強したい。という具合に、やりたいこととやらないといけないことが連鎖して増えていく。

脚本術、演劇理論、映画理論、心理学、哲学、論理学、英語、数学、古文、漢文、日本史、世界史、絵画、書道、ピアノ、ギター、ドラム、経済学、物理学、政治学、法律学、プログラミング、エクセル、中国語、ラテン語……。とてもじゃないが、脳も時間も足りない。

私の悪いクセで、本を途中まで読んだら、そこで一段落して、別の本に手を出してしまう。二冊並行読みの状態になるのだが、実際に読み進めるのは新たに読み始めた一冊だけで、要するに最初の一冊は途中で放棄してしまうのだ。その放棄した本を、またしばらくして思い出したように読み始めるのだけれど、そこまでの話を忘れてしまっていて、また最初から、というのを繰り返す。そうこうしているうちに、そこにまた新たな一冊が入ってくる。結局、同じ数冊の本の、同じところをグルグル回っているだけ、ということに。

この状況を打破するために、最近考えついたのが、本の並行読みは続けながら、読書ノートを一冊にまとめる、という方法。これまでのレポート用紙を使ったメモは、一冊の本を集中的に片付けるための方法だった。それまでに用意した読書ノートも、飽くまで一冊について書き続けるための物だった。

今後は、この一冊のノートに、本を読んで学んだことを読んだ順に書いていく。だから、一冊の中に違う分野の話がごちゃごちゃに出てくることになる。これを適宜読み返せば、学んだ順に思い出すことが出来るだろう。また、書き出す内容にも気を遣いたい。情報を余すことなく書き出すのではなく、話の流れを上手くまとめるようにしたい。暗記のためのノートではなく、考え方が身につくノートにしたい。

今更、という感じだが、こういう物は実感というか、必要に迫られないと自分のモノにならないんじゃないだろうか。