京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』

『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』 阿部サダヲ 岡田将生 寺島しのぶ ほか

8/13 17:00開演。森ノ宮ピロティホール

松尾スズキ作・演出の『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』を観に行った。知らなかったのだが、この日が千秋楽だった。感想を一言でいうと、何が伝えたいのかよく分からない芝居だったが退屈はしなかった、といったところか。

物語はこんな感じだ。内戦勃発地帯であるアジアのどこか(イラクミャンマーを足して2で割り、ベトナムのテイストを少し混ぜたような架空の国)が舞台。風俗ライター出身の売れっ子作家・阿部サダヲは、元同僚であり先輩でもある吹越満の拉致の一報を受け、単身この国に乗り込んでいる。日本には映画女優の妻・寺島しのぶを残してきており、二人にはちょっとした倦怠期のような、微妙な距離感が生じているところ。彼女はマネージャーの岡田将生一人二役)と身体の関係を持っていた。

阿部サダヲ吹越満救出のために奔走するが、彼が、いや彼らがこの国に来たのには、もう一つ理由があった。かつて阿部と吹越は、現地のゴーゴーボーイを買った。その美しさに魅了された二人は、彼を逃がそうとするが、そのまま行方知れずになってしまう。吹越は彼のその後を知るためにこの国を再訪し、阿部は吹越に脅される形でこの国を訪れていたのである。その後、阿部はあのゴーゴーボーイが脱走を理由に抹殺されたことを知るのだが、その生き写しであるゴーゴーボーイ・岡田将生と出会い、過去の償いとして、彼を逃がそうと計画する。その頃、阿部が危険な状況にあると知らせを聞いた寺島しのぶが、夫救出のためにかの国に向けて出発をしていて――。

要するに、「昔やった失敗を同じやり方で挽回する」っていう『クリフハンガー』的(例が古い)な話だと思うんだけど、松尾スズキのインタビューとかを読んでると、これは夫婦の話らしくて、私には全然分からなかった。まぁ、芝居のメインはBLを見せることなのだろう。女性客がかなり多かった。

戦争とか性的マイノリティだとか、重い題材を使っているけれど、まったく重たい雰囲気じゃなかったのは、終始コメディテイストで話が展開していたから、という以上に、戦争とか性的マイノリティとかいう問題に対して、作者がこれといったポリシーを持っていないからじゃないかと思う。つまり、伝えたいことなんか特になくて、面白かったらそれでいいじゃん、みたいな。

事実、つまらなくはなかった。退屈もしなかった。でも、そんなに笑えるかなとは思う。基本的に下品だし、露骨な障害者いじりとかがあって、芝居をやる人間がしばしば使う「現実を直視させる」という大義名分のもとに、こういうのが許されて良いのかな、とも思ったね。繰り返すけど、そこにポリシーが全く感じられなかったし。考えさせられる舞台だった、という人には申し訳ないけど、これは何かを考えさせるようで結局何にも考えずに観られる類の舞台だと私は感じた。

一緒に観に行ったツレ(関西弁では友達という意味です)は、皆が座るシーンの度、阿部サダヲ書見台(?)を差し出されて、一人椅子に座れないでいる、というところに、何か意味があるはずなんだけど何の意味があるのか、と考えていたけど、私は一人だけ座れないという天丼だとしか思えなかった。基本的に、意味ありげなところは、こじつけたように意味を解説してくれるから、あの座れない書見台だけが、特別な意味を持っていた、と言われてもピンと来ないなぁ……。

演出としては、和楽器演奏を取り入れていたのが、やはり面白かった。「綾音」という藝大出身の邦楽演奏ユニットらしい。「箏座」みたいなもんかね。いや、全然違うか。ずっと無表情で演奏していたのに、皆川猿時に笑わされていて、笑わない人が笑う瞬間ってグッとくるよね、とか関係ないことを思っていた。和楽器演奏中の「イヨォ~ッ」っていう掛け声が、女性のものだったと初めて知りました。

と、思いつくままに感想を書き出してみたが、トータルで楽しかった。森ノ宮ピロティホールで退屈しない芝居を見たのはこれが初めて。カーテンコールが鳴り止まず、最後の最後に出てきた時には、寺島しのぶが衣装を脱いでいて、紫色のガウンで登場した。ノーパンだったという噂をツイッターで見たが、あの時一番会場が揺れた。

ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン:

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