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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

言葉は無力

言葉は無力だ。結局、自分の読みたい言葉と、自分に聞きたい言葉しか、頭には入ってこないのだろう。純丘センセの『バカの貧困』という文章を読んで、そう思った。

純丘センセは、正真正銘のエリートだ。代々インテリ階級で、本人も大学教授。東京の成城に生まれ育ったお坊ちゃまで、お坊ちゃま私立から東大に行ってドイツに留学して東大の院を出て、『エンターテイメント映画の文法』っていう間違いない名著を書いて(私は二冊も買った)藝大で博士号を取っている。悔しいけど、こういう庶民とか凡人には想像も付かないところで生きている人というのはいるものだ。

私はシナリオの勉強をする過程でこのセンセの存在を知って、最初はなんとまぁ嫌味でエラそうなオッサンだと腹を立てたのを覚えている。が、この人の文章をじっくり読んでいくと、考えさせられることばかりだと気付いた。こちらが常日頃うじうじと考えていた内のことや外のことを、上手く整理して文章にしてくれたうえでバッサリと斬ってしまう。別に、東大だから、と卑屈になったり、東大だから、と心酔するわけではない。ただこのセンセの言葉に良い意味でも悪い意味でも何度も心を動かされた。あんたそれ言い過ぎちゃうのと思うほどズバズバものを言うんで、当然反発する人も多い。それはまさに私が初めてセンセの文章を読んだ時のようだ。そんな連中に対して「読解力の無い奴」とか言うもんだから、また火に油。

別に私自身が読解力のある人間だとは思わないけど、端から見ていると、言葉って伝わらないな、無力だな、と思う。それが、たとえば冒頭に挙げた『バカの貧困』という文章。私はこんな風なことを言っているように思った。

スポーツやアイドル、マンガ・アニメ、スマホといったものが日本の「文化」として大々的に宣伝されているけれども、こんなものは文化じゃなくてただの麻薬だ。貧困層はこんな「文化(というか麻薬)」に金を出す余裕は無いはずで、まずはきちんとした生活をせよ。こんな快楽に身をゆだねていたら、生活は貧しくなる一方だし、心も頭も空っぽになって、ますます搾取される。要は、下らないものに時間や金を費やすと、ガラクタに溢れた場所で、貧しい人生を送る羽目になる――

と、だいたいこういうことじゃないだろうか。この文章は、まずアイドル・マンガ・アニメが大好きな人から反発を食らう。で、芸大の教授が自分の分野をバカにするっていうギャグなんですね、とネットでお馴染みの斜に構えた言い返しがなされる。その後、マンガやアニメは立派な文化だ、と主張する人が出てきたり、こうやって人を見下して自分がエラいと自慢する奴っているよね、と言う人が出てきて、そもそも貧困層がスポーツ・アイドル・マンガ・アニメ・スマホにはまっているという根拠を示すべき、統計を取るべき、という話をする人まで出てくる。

多分、センセはそんなことを言いたくてこの文章を書いたのではないと私は思うので、「読解力の無い奴」と先生が辟易されている気持ちが分からないではない。とはいえ、そう思うのはやっぱり、このセンセの言葉が私にとって都合のいいものだからで、感覚的に合っている、ということに過ぎないのかも知れない。

まぁ、センセ自身に、エリート意識があるのは確かで、結局大勢の人間はそこに腹が立つのだろう。センセ自身もそれでみんな反発してるんでしょ、と恐らく思ってらっしゃる、ように思える、というのが、また癪に障るんだろうな。私なんかは、これだけのエリートがエリート意識を持ってなかったら、逆に嫌味っぽいと思うんだが。

私は生まれも育ちも平凡だし生まれ持った能力と経歴は清々しいほどにクズであることを自覚しているせいか、センセの話が素直に聞けるし、もっと勉強したいし、いろいろ教えて欲しいと思う。ただ最近は何かに文句を言うような内容ばかりで、それに対して同様に誰かから文句を言われる、というのが続いていて、せっかくいろんな考えを発信しているのに勿体ないと思う。