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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

感情の起伏の激しさ

リヤカーマンを初めて見たのはいつだったか。あれは私の大学受験がようやく終わった頃だから2008年か。行きたい大学にはとうとう行けなかった、などという落胆など通り越し、私は肩の荷を下ろして安心しきっていたのだろう、酷い熱を出して寝込んでしまったのだった。リビングで風邪の菌をまき散らしながら、テレビを付け、そこでリヤカーマンと出会った。

以前、『グレート・ジャーニー』という番組があって、あれが好きだった。アフリカで誕生した人類が、地球全域に広がっていった。その足跡を逆から辿る冒険だ。古代人が使った方法だけを用いてひたすら道なき道を進んでいく。出会いがあり、別れがあり、美味珍味ゲテモノを食らい、絶景が広がり、絶望的な難所に行く手を遮られ、それでも先に進んでいく。旅人は関野吉晴という医者だった。私は小学校卒業に当たって書かされた将来の夢に、医者になって世界を旅したい、と書いたのを覚えている。驚くほど自分には合わない夢だと思う。数学は苦手だし、血を見ると卒倒するし、恐がりだし、神経質で食べ物の好き嫌いは多いし。

しかし、どこかにやはり、そういう旅へのあこがれがあるんだろう。リヤカーマンの姿を見て、私はチャンネルを止めた。

リヤカーマンの旅はとても単純で、リヤカーを引いてとにかく歩いて行く、それだけだ。現地の人の世話になる、ということも無いではないが、基本的にずーっと一人。テントを張って、自前のメシを食う、という生活の規則正しさも、冒険というにはあまりに地味だ。旅をする本人が、すぐ弱気になって愚痴をこぼすのが、どうも見所らしい。自分が好きでやってるくせに「俺は何のためにこんなことをやってんだ」と愚痴をこぼす場面で、視聴者全員がツッコミを入れるのだろう。

という番組を最後まで見て、それ以来、彼の姿を見ることはなかった。何かの番組で日本を歩いていたらしく、それを偶然見つけた家族が私のために、番組の最後の10分を録画をしてくれたものがHDDに残っているが、それも数年前の話。私は数少ないファンだろうが、それでも、たまに思い出したように「コパコパの実」の話をして盛り上がるくらい。

ところが、ここのところ、リヤカーマンが立て続けにテレビに出ているではないか。これまた何かの番組に出ていたリアカーマンを家族が録画してくれていた。私よりあんたの方がリヤカーマンに縁があるんじゃないか、と言っていたところ、関西の昼の番組にゲスト出演しているところを私もリアルタイムで見ることが出来た。

リヤカーマンは独特のキャラの割に、話が下手で、ずっと一人でいるとこうなってしまうのかな、と我が身を振り返った。彼は工業高校の教師だったらしく、このまま教師を続けるか、それとも冒険に出るか、を悩んだ挙げ句、冒険に出たという。このまま淡々と毎日を無事に送るより、思い切り喜んだり、思い切り落ち込むような、起伏の激しい人生を送りたいと思ったそうだ。だから、旅の途中で死んでも、それは本望だと。でもやっぱりしんどいから帰りたいらしいが。

安定か、冒険か、という二者択一にきっと人間はみんな悩むんだろう。そこで、冒険という比喩ではなく、本当に冒険を選んでしまった男の姿を、地味だけど羨ましいと思った。