京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

これをやらなきゃ死ねない

一年ほど前、先輩に言われたことが忘れられない。

私は今の会社でバイトをしている。やりたい仕事じゃない。むしろ、やればやるほど適性を感じられない。苦手だし、嫌いだし、これを死ぬまで、とは到底考えられない。本当はやりたいことだってある。じゃあグダグダ言ってないでやりたいことをやれよ、という話なのだが、私のやりたいことは水物だし、そもそも箸にも棒にも引っかからずに(というか実際に箸にも棒にも引っかからない男ではあるのだが、それ以前に、箸にも棒にも引っかからないと思い込んで就職活動をせずに、なんだかんだで)いまの会社に拾ってもらった経緯があるから、なかなか次のステップが踏めない。だったらおとなしく会社のために働かんかい、自立せんかい、それが大人ちゃうんかい、と自分ですらそう思う。頭ではそう思うけれども、どうしても気持ちが付いていかない。これを甘えという。私は甘えている。人生を舐めている。知ってる。いや、分かってない、と言われるだろう。そうだ、分かっていない。分かっていないことを、私は知っている。

先輩はバイトの私に、さっさと正社員になれば? と言ってきた。実は私の会社、案外、正社員になる道が開かれている。この世知辛い世の中で、なんともありがたい話ではないか。一般的に、客観的には、そう思える。でも個人的に、主観的には、この先の人生をこの会社で、とはなかなか思えないのだ。前述の甘えである。

正社員は、もちろんバイトに比べて待遇が良い。ボーナスも付く、手当も付く、保障も厚い。と同時に、これも当然の話だが、ノルマ達成云々を厳しく言われ、様々な負担を強いられることになる。親のすねをかじって何とか生きていられている私にとって、前者よりも後者がネックだ。要するに、仕事をしたくないのである。

このとき、先輩は私に言った。「なんか、これをやらなきゃ死ねない、みたいなことあんの? ないんだったら正社員になったほうが安定してるし、得でしょ」。これを聞いて、たまらない気持ちになったのは言うまでも無い。

「これをやらなきゃ死ねない」というものがない人に、生まれてきた意味は一体あるのだろうか。安定して生きること自体に意味があるのだろうか。安定して生きるために人は生まれてくるのだろうか。「これをやらなきゃ死ねない」というものが私にあるのだろうか。私のやりたいことは「これをやらなきゃ死ねない」といえるほどものだろうか。

みんなは何を考えて生きているのだろう。私にはさっぱり分からないのだった。