京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

好き嫌いはなくさなくて良い

好きな食べ物と、嫌いな食べ物、を考えてみよう。

多分、嫌いな食べ物は、これ! というものが挙げられるのではないだろうか。食った瞬間にまずい、吐き出しそうになる、もう二度と食いたくない、一生食わなくても困らない、と思うものがひとつやふたつ見つかるだろう。それは周りが美味いと言おうが、どれだけ自分に美味いと言い聞かせようが、身体がまずいと叫ぶ、あなたの本当の「嫌いなモノ」だ。

一方、好きな食べ物はどうか。もちろん、これ! というものがあるかも知れない。しかし、何も思いつかない、という人もいるだろう。あるいは、あれもこれも好きといえば好きだし、という具合にしか好物が思い浮かばない人もいるだろう。

嫌いなモノはハッキリ嫌いだと自分でも分かるのに、好きなモノがハッキリしない、自信が持てない、恥ずかしい。そういう人は多い。それで皆が美味しいというモノを好きだと言ってしまったりする。

いや、食い物なら、まだ正直に自分を保てる。味覚として確かに分かる以上、嘘がつきにくい。しかし、これが文学なら? 音楽なら? 芸術なら? 皆が口を揃えて「素晴らしい」という作品を見たとき、それに同調して「素晴らしい」と思ってしまう人間はどこにでもいる。酷いのになれば、それを「つまらない」と思った自分を、おかしいんじゃないか、と思ってしまう人間だっているのである。

個性を尊重せよ、などというが、煎じ詰めれば、個性とはすなわち「好き嫌い」のことだと私は思う。みんなが嫌いでも私は好きだ、みんなが好きでも私は嫌いだ、と口には出さなくても、心の中でしっかりとそう思えたとき、あなたはあなた自身の個性を生きている。

好きなものを食いたいし、嫌いなものは口にしたくない。好きな映画を見ていたいし、嫌いな映画だと思ったら劇場から出ても構わない。好きだと思う人と友達になるし恋愛するし結婚する。嫌いな奴とは関わりたくない――そういうわけにもいかないのが社会ではあるが、「好き嫌いはなくさなきゃならない」なんてことはない。好き嫌いこそが、あなたそのものだ。あなたがあなたでないならば、生きている意味は無いのである。

と、自分に言い聞かせる。