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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

嵩張らない道具

歯ブラシがなければ歯は磨けない。缶切りがなければ缶詰は開かない。フライパンがなければ卵は焼けない。時計がなければ時間通りに動けない。ペンがなければ字が書けない。電話がなければ連絡が取れない。鍵がなければ家には入れない。

どうして勉強するの? と尋ねられたら、つまりそういうことだと答えれば良い。私たちの周りには道具が溢れている。道具がなければ、必要上に時間が掛かったり、そもそも何も出来なかったり。道具がないことの不便さは、いざというときにならないと分からない。そしてその時、道具を持っていなかったら、もう手遅れなのだ。

勉強するのは、学問するのは、知識や知恵という道具を手に入れるということ、その使い方を練習すること。たまに知識が認識の邪魔をすることがあるけれど、それは整理と手入れが行き届いていないから。役に立つのか立たないのか分からないものでも、とりあえず持っておけばいい。

ということが、小さな頃に分かれば苦労はない。勉強なんて面倒くさい物、さっさと止めたかった。勉強しなくてもいい大人が羨ましかった。大人たちが、もっと勉強すれば良かった、としばしば口にしていた意味が分からなかった。

大学なんてどうでもいい。どうでも良くないが、どうでもいい。でも勉強はしておけ。最低限の道具がないと、新しい道具が手に入らない。手に入れても使いこなせない。

鉛筆も使えない子供に、シャープペンシルを買い与える親はいない。仮に子供がどこかでシャープペンシルを手に入れても、それで字を書くことは出来ない――というように。