京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

京大の英語と東大の漢文

東大は受けたことがないから(京大も実質ないんだが)対策もしたことがないし、どんな問題が出るのか具体的には知らないけれど、(ある意味で)長いこと受験業界に関わっていると、東大と京大の入試の違い、くらいは情報として入ってくるわけです。

ここで注目したいのは、英語と国語。たとえば東大英語は、要約やら並べ替え、文法問題、和訳、自由英作、リスニング、と多方面から英語の運用能力を測ろうとする。一方、京大英語は英文和訳と和文英訳のみ。東大はどちらかといえば現代志向で、京大は旧態依然という感じ。「だから日本人は英語が出来ないんだ」と京大を罵倒する人たちのいうことを聞いて試験を作ったら東大英語になりました、みたいな。

次に国語。東大は現代文と古文と漢文。京大は現代文と古文のみ。京大には漢文がない。漢文は昔の日本人が、そこから知識を仕入れる、のみならず外国語の習得に使った方法のひとつだ。東大はその古い方法を残し、京大はそれを捨てた。

さぁ、どうでしょう。東大と京大、英語と漢文。東大は新しい方法で英語を学ぶ一方、漢文という古い方法も捨てない。京大は古い方法で英語を学ぶのに、漢文という古い方法は捨ててしまう。

私は新しい方法(というほど新しくもないんだが)で英語を学ぶ効果をあまり信じないが、実利的という意味では東大の方が一貫していると思う。新しい物(英語)は新しい方法で学んだ方が良さそうだし、古い物はそのまま置いておいたら役に立つかも知れないし(温故知新)。

京大は矛盾しているというか、その古い方法の根本が漢文にあることを忘れてしまっている。そのことを分かっていた先生方は、漢文の素養が必須である近代文語文をかつて出題していたのだった。

最近は英文和訳と和文英訳に加えて新種の問題もちょこちょこ投入されているらしく、京大はブレブレ。私の行きたかった京大はもうないのかも知れない。嘘です、今でも行けるなら行きたい。昔とはちょっと違う意味で(仕事辞めて本読んでたい)