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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

外国人のちょんまげ

昔、ロックは日本語で歌っても良いのか、英語で歌うべきか、などという「論争」があったとか。バカじゃね? と思うが、一方で私も似たようなことを今考えている。

日本人がやるミュージカルってどうなのよ、という問題だ。これは趣味だから、良い悪いを言うつもりは無い。しかし私には、どうしても陳腐に見える。違和感を覚える。平たい顔をした手足の短い私たちが、尖った顔の手足の長い人たちのマネをしているのが滑稽なのだ。新劇も同様。どこからどう見てもアジア人の俳優が日本語でハムレットだオフィーリアだと呼び合っているのは薄ら寒い。真剣に見ていられない。

白人や黒人がちょんまげを乗っけて紋付き袴を着て、「何とか左衛門」と英語で呼び合って時代劇を演じているのを見ても、きっと内容が頭に入ってこないだろう。それと同じだと思う。

日本語ロックが市民権を得たのは、歌詞も曲も日本人が作ったからだろう。だが、ミュージカルは脚本も音楽も外国産。言葉を日本語に置き換えただけ。狭くなった今の世界では、すぐそこでオリジナルが見られるのに、どうして「リメイク」をするんだろう。そんなものに時間と金と労力を注ぐなら、まだこの世に存在しない新しい物を作れば良いのに、と思うのだった。