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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

名作に価値はない

この間、名作映画を分析して脚本を書く技術を鍛えろ、というような指南書を読んだが、書けない私が言うのも何だけれど、それには反対だ。

去年、思うところあって300本近い映画を見た。見ておかなければ、という半ば強迫観念に駆られたものだったから、というのもあるが、どの作品も本当の感動には至らなかった。あぁこれは面白いな、これは泣けるな、あぁこれは映画通がいかにも名作と言いそうだな、と何を見てもどこか冷めている自分がいた。一言で言って、どの作品も、あぁ映画ってこんなものなんだな、という感じだった。

パターンとは違うし、マンネリを感じたという訳でもない。ただ何というか、映画ってこういうもので、こういうものが映画なんだ、という変な枠(わく)を感じたのだ。そして、その枠を作ったものこそが「名作映画」と呼ばれているのだと分かった。

しかし、この「枠」が一体何物なのかは、私には分からない。別に既存の物をぶっ壊すとか、とにかく新しい物を作り出すとか、そんな野心は一切無いし、能力にも一切恵まれていないから、「枠」の正体はどうでも良い。興味も無い。ただ、その意味で言えば、やはり枠からは自由でありたい。枠を感じずにいたい。

だから、である。もう名作映画なんてどうでも良い。数をたくさん見るのもやめた。量は量で、質には転化しない。本当に好きな物を見つけ、時間をかけて味わう。私が好きだと感じることが、私にとって意味があるのであって、私が存在する意味もまたそこにしかない、と思うからである。