京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

書き上がり

またシナリオを書き上げることができた。手を付けたり、ちょっと書いたり、って案外できるんだけど、書き上げるっていうのは本当に難しい。あっちをいじればこっちが、こっちをいじればあっちが、という具合に整合性がとれなくなる。体力は奪われるし、内容のしょーもなさに気力がみるみる削がれていく。といって、日頃から人の作ったものに散々ケチを付けている以上、下らないものでも拙劣でも、せめて妥協なしに書きたいと思う。

11月中に書いてしまおうと思っていたのだけれど、それが12月にずれ込み、結局本格的に手を付け始めたのは12中旬に入ってからだったのではないか。少し書き始めたところでパソコンがぶっ壊れ、データもおじゃんになり、1から書き始めたのが多分17日から。基本的に土日を使って書いた。後は天皇誕生日と大晦日。1月2日の夜から徹夜して、今日の朝に書き上がった。ということは、おおむね1週間で60分が一本ということか。何を書くか、というところからを含めれば、それこそ2ヶ月掛かっているのだが、何にしてもかなり遅筆だ。

それでも今回は、これまでで一番書くのが楽だった。制限枚数内に収められるか? という心配をしていたくらいだ。多分、その理由と思われるものがいくつかある。

第一に、ある程度書くことがハッキリしていた。もう素直に、自分のことを書こうと思ったのだ。半分以上は気持ち悪い妄想だが。さらに、ミーハー丸出しで『言の葉の庭』のような、ミッドアクト・クライマックスを思い切りやってみたい、と思ったのだった。

第二に、前にどこかで触れた「無駄なもの」を比較的うまく取り込めた、ということ。「要するにどういうこと?」とすぐに結論に飛びつく癖があるところをグッとこらえて、シーンをたくさん用意して、ゆっくり話を進めていった。

第三に、一太郎の使い方をかなり把握してきたこと。シート単位でエピソードを、A4一枚でシーンを管理するようにすると、冷静に枚数を稼げるようになった。もうワードでは絶対に文章は書けないと思う。

まぁ、もう落ちていようが落ちていまいが、どうでも良いかも知れない。毎回、誰に望まれてるわけでもないものを書くのが苦しくて仕方ないのだが、こんなに私が私であることを実感する行いもない。そのどこかに嬉しさがあり、希望を感じられる。今回もそんな創作体験だった。