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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『海よりもまだ深く』

映画・ドラマ

『海よりもまだ深く』 阿部寛 真木よう子 ほか

かつて小さな文学賞を取った売れない中年小説家・良多は、取材と称してインチキな探偵業で食いつなぐ毎日。離婚した妻・響子に未練があり、仕事の合間には元妻の新しい彼氏とのデートを尾行している。唯一の楽しみは月に一度の息子・真悟との面会だが、ギャンブル好きで金にだらしなく、面会の条件である養育費も滞納してしまっている。面会の日、次はないと渋々了承する響子と分かれ、真悟との一日を楽しんだ良多は、母・淑子の住む実家の団地に彼を連れて行く。その夜は台風で、真悟を迎えに来た響子とともに、一夜を過ごすことになるのだが――。

こういう話という話がない映画は、あらすじを書くのが大変だ。だけれど、とても好きな作品。なりたい大人になること、こうなるはずだと思い描いていた未来に立つこと、がとても難しいんだ、という話。

主人公の阿部寛は、父のことが決して嫌いだった訳じゃないけれど、いい加減でだらしない父のようにはなりたくないと思っていた。なのに、気がつけば今の自分はかつての父そのものだ。夢だった小説家にはほぼなり損ね、なりたくないと思った父のようになってしまっている。でも、どこか憎めない。金に困って母のお金に手を付けようとするクズっぷりなのに、母には心配を掛けたくないとそれなりに思っていて、小遣いを渡してやったりする。善人にはなれないけれど、悪人にもなりきれない。何をやってもダメ。その自分のダメ人間ぶりをこれでもかと言うほどに噛みしめる。でも、それでも――。

父となった主人公は、息子に語る。なりたい自分になることが重要なんじゃない、そうなりたいと思って生きていくこと、それが重要なんだ、と。もちろん、それは息子だけではない、自分にも向けられた言葉だ。

息子もまた、父である主人公を嫌ってはいない。でも、だらしなくて、こうなっちゃいけないんだ、と冷静に感じている。祖父と父の関係が、父と息子の関係になっている。父は、自分の息子に自分同様の文才があることを知って喜ぶ。息子が野球で見逃し三振をしたとき、彼がフォアボールを狙ったこともすぐに分かる。二人は繋がっている。その繋がりが、自分と父にもあったんだと主人公は最後に感じる。

樹木希林真木よう子も良い。真木よう子は、愛想を尽かして別れた夫なのにもかかわらず、彼の才能がどこかで芽吹くことを、心の片隅で願っている。その描写。樹木希林は、まるでうちの祖母を見ているかのようだった。と同時に、なんだかんだ言ってもいつまで経っても、やっぱり息子のことが心配で、彼の幸せを願わずにいられないところなんか、自分の母親を見ているようだった。

ハッピーエンドではない。もう家族は一緒になれない。でも、人は生きていけるし、生きていこうと思える。台風が過ぎた朝のような、さわやかな余韻を残して幕が下りる。

カルピス氷だの、ジップロックだの、ミズノのスパイクだの、「まるで私の祖母」や「まるで私の母」といった日常にありふれているモノや人や言葉を使って紡がれた是枝監督らしい作品。

是枝作品の中では『奇跡』が一番好きだったが、軽く超えてきた。年明け早々、きっと今年一番好きな映画を見てしまった気がする。