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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

琴線に触れない

2016年は映画大豊作の年、とか言って盛り上がっている人たちを見ると、暗い気持ちになる。全然見ていないから何とも言えないけれど、私が好きな映画には出会えなかったから。良い映画なのは分かる、みんなが良いというのも分かる、でも好きじゃない、琴線に触れない。

人生を扱っていること、悲しみに向き合っていること、笑って泣けること、この世界が生きるに値するものであること、そこに生きる喜びを感じられること。だいたい、こういうところを満たす映画が好きだ、ということが自分で分かっている。だから、井筒監督じゃないけれども、観ないでも分かるわけ。良い映画か否かはともかく、自分が好きか嫌いかということは。

そして、基本的には、もう自分の好きなものだけを追いかけていけば良い、という考えに至ったわけで、金と時間を費やしてまで、「きっと好みではないような作品」を観ることはない。たとえば、ハリウッドのアクション超大作とか、青春ラブストーリーとか。

ただ、先に挙げた私の基準みたいなものも、抽象的なもので、「笑って泣ける」とか「この世界が生きるに値する」なんてのは人それぞれでしょう。それで「この映画ならもしかしたら」と思って、新しい映画を見に行くわけ。すると、やっぱり――ということになる。

このさき公開される映画を知って、ほぼ絶望している。アニメと、漫画の実写化ばかり。穴を埋めるように小説の映画化。オリジナルの脚本なんてありゃしない。いやあったか。しかし、ジジイとジジイがタッグを組んで、また古くさいお涙頂戴を作るんだろう。

それこそ、オリジナルの脚本はドラマくらいか。しかし、ドラマも「原作もの」に味の濃いこってりした演出を付けてブームを狙う、みたいなのが席巻してる。そうでなければ、番組表を埋めるために惰性で作ってます、みたいな作品ばかり。

いや、これらは飽くまで個人の好みだ。私がそう思う、私は好きになれない、というだけの話。みんなと違うものが好きなんだから、少数派は黙っているしかない。でも、寂しいな、と思う。