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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

遮二無二書く

雑記

多作と言われる人たちがいるけれど、どうしてそんなにたくさん書けるのか不思議だ。個人的な経験から言っても、書けば書くほど上手くなるのは確か。でも、その数をこなすのが難しい。

まず書くことがないしね。何かを書こう、これをこんな風にしよう、というのは、きっかけを与えるところまでは自分でやるけれども、後はそれが自分の中で膨らんでいくのを待つしかない。だから次々新しいのを書く、というわけに行かない。

最後まで書き切るのも大変だ。0を50にするのも、50を90にするのも、まぁなんとかできるけれど、90を100に仕上げるのがとにかくキツい。最後の過程に取り組んでいるときは、もう二度と書かんぞ、といつも思う。だから次々新しいのを書く、というわけにはやっぱり行かない。

それに、そうやって書き上がったあとは、もの凄い達成感に包まれていて、なかなか次に行こうという気にならない。そういうわけで、やはり多作できない。

ケラリーノ・サンドロヴィッチとか、寝ても覚めてもっていうか寝ずに、しかも原稿用紙に手書きしてて、そのうえ二作並行もざらで、演出もやってて、トドメににあのクオリティの劇を作ってしまうんだから、もはや人間とは思えん。

桂枝雀がネタを60本と決めたように、映画脚本を年2本くらいのペースで30年書き続けられたら良いなぁ、とか思うけど、遮二無二書かなきゃやっぱダメで、でもその前にやっぱり勉強がいると痛感する。