京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

痛みを忘れる

京都にいた。月一で様子見に訪れる祖父母の家だ。今日は実はちょっとした確認事項があったのだけれど、それを確認するための手段がインターネットのみで、しかし、近所でネットのできる場所が全くないのだった。図書館もないし、あっても京都市民じゃないし、ちょっと行ったところにネットカフェがあったのだけれど、ちょっとネットをするために行くにはちょっとちょっと過ぎる距離だったので、結局ずっと祖父母の家で過ごしていた。でも、ずっと気がそぞろだった。

ネットは出来ぬまま、心の中をハラハラさせつつ、家を後にして帰りの駅で電車を待っていると、そこには高校生たち。部活帰りの暑苦しい男子とか、寒空の下で肉まん頬張る系男子とか、くっそ寒いのにミニスカの女子とか、マフラーで髪がふわっとなってる冬の風物詩系女子とか。そんな具合で、ホームには結構な人が集まっていたのだけれど、薄暗い照明の、誰もいない後方車両の乗車位置に、一人立っている女の子が目に付いた。私は真ん中の車両に乗るつもりで立って待っていて、隣でハフハフ言いながら豚まんを食ってる奴をやかましいと思いつつ、彼女のことが気になった。すると、私の前を一人の冴えない男子が通り過ぎていく。まさかね。と私は思った。しかし、まさかだった。

彼はそのまま女の子の元に歩み寄っていき、両手に持っていたビニールの手提げ袋をバサッと放り出して、その勢いで二人は抱きしめ合った。冴えない男子よ、お前は私の仲間だと思ったのに。二人はさぞ暖かいことだろう、互いを温め合って電車が来るのを待ち、私は自分の体温がどんどんと下がっていくのを感じた。世の中は不公平だ。まぁ慣れっこさ。わざわざ今更こんなベタな嫉妬はしまい。

さて電車に乗ろうとすると、真ん中の車両は人でいっぱい。仕方ないので、少し後ろの車両に移動した。すると、一両後ろの車両に、件の二人が立っているのが見えた。進行方向を向いて並んで立っている。その女の子が、驚くほど美形なのである。私は沈めたはずの、というより、さほど波立たなかったはずの自分の感情が、猛烈にかき乱されるのを感じた。

可愛い女の子っていうのはいる。むしろ、もはや、ほとんどの女の子が可愛く見える。あぁみんな可愛いなぁと感心する。ジジイみたいな境地なんだね。ところがたまに、目の覚めるような美人というのか、とにかく自分の好きなタイプの女性というのが現れて、触れられないのならせめてガン見したいという欲望に駆られるときがある。もちろん、ガン見すらできない臆病者なので、何かの拍子にチラ見をするムッツリスケベ(死語)なのだが、それが今日だった。

あぁなんて可愛いんだろう、なんでこんな冴えない男子と付き合ってるんだろう、もう一回見たいなぁ、そうだ終点で降りるときにチラッと振り返ってもう一回見ちゃお、とか、ホントお前30なのかというような、自分でもキモいとしか形容できない思考をぐるぐると巡らせていた。すると彼女たちは別の駅で下車したらしく、窓際に座る私の横を通り過ぎていった。彼女の顔を見ることはなかった。

しばらくしてフッと気付いた。この間、私は一日中気になっていた確認事項のことを、完全に忘れていた。