京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『足跡姫』

『足跡姫』 宮沢りえ 妻夫木聡 ほか

2017年2月18日 19:00開演 東京芸術劇場プレイハウス 

物語の筋自体がとある物事のメタファーで、例えば言葉遊びのようなものから、それって実は○○のことでした、と暴いていくのが野田秀樹の基本線なんだろう。『エッグ』ではそれが731部隊だった。『逆鱗』ではそれが人間魚雷回天だった。まーた戦争の話かよ、戦争をモチーフにしたら、なんか高級なことを言えているつもりかよ、と『逆鱗』を見たときには思った。『エッグ』は劇の構成とか筋運びの工夫が天才的だと思ったが、『逆鱗』は破綻の一歩手前だと思った。さぁ、今回はどうか。また戦争を題材にするのか、破綻の一歩手前に行くのか、それともまた天才的な芸当を見せてくれるのか。

先に感想をいうと、この話は語られる必要があったのだろうか、と私は思った。要するに、とても退屈だった。本作は数年前に無くなった中村勘三郎へのオマージュだという。それで、死ぬまで舞台のことを思い続けた役者の魂や芸を(私が)受け継いでいくんだ、ということを言いたいのだろう。それを言うために、このストーリーは必要だったのだろうか、と私は思ったのだ。

という以上、ストーリーについて触れておかなくてはならない。しかし、それができない。覚えていられなかったというか、意味が理解できなかったというか。意味が分からなかったのに、必要だったのかなどと言うのは卑怯な感じがするが、言葉を縫って無理矢理一枚の布を作り上げたような劇で、私には上手く筋を再現できないのだ。筋なんて無いのかも知れないが。

具体的にケチを付けるなら、まず由井正雪が登場したのは言葉遊びをするため以外の何でもないだろうね(売れない幽霊小説家)。この由井正雪の死体を巡る三者の視点というのが完成した時は、おっ、と思ったが、これもまた本筋でありながら本筋に大きく関係しないまま終わる。それから「足跡姫」っていうのは宮沢りえの身体に脈絡なしに乗り移ってきた先代の役者なんだけど、彼女曰く、己の肉体を駆り立てるのは国家権力によって虐げられたことに対する恨み(=反骨精神)なんだとか。で、そこにプロジェクトマッピングで先の戦争の映像なんかがバーンと映し出されたりして、やっぱりあんたはそれなのか、といよいよ興も冷めた。

なんにせよ、突拍子もない展開の割に、クドくて疲れる。ギャグも寒かったし。個人的には野田秀樹のいつもの台詞回しが一番笑えたくらいで。演劇好きはこれを観て良いって言わなきゃならないんだから、大変だよなぁ。他人の感想を見ると、みんな素晴らしい素晴らしいと言ってるが、カーテンコールで立ち上がる人は殆どいなかったし、心は正直だなと思う。

宮沢りえが綺麗で、近くを走ったときにお香の良い匂いがした、くらいしか、今はハッキリ思い出せない。