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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

既にあるものと、まだ存在していないもの

雑記

小さな頃から思っていた。たとえば数学。勉強が進んでいくと、前にやっていたあの分野での話が、いまやっている分野の話と繋がっていることが分かる。三角比を勉強したときの公式が、ベクトルを勉強したときの公式と、実は同じことを言っていた、というように。数字はマイナス方向とプラス方向に稠密性を持って連なっていて、自然に無限に広がっている。その一部を人間が「数字」として認識して(概念を用意して)、いわば自然から切り出したのが数学でしょう。人間が認識できていない部分がたくさんあると言うだけで、実は自然の世界で全てが繋がり完結している。

つまり、もう既にあるものを、探し出す作業なのだ。学問と言われるものは結局全てそうではないか。探し出したから見ることができるようになる。ニホニウムだってそうだ。それは見つける前から存在していた。見つけたから見られるようになった。これは、凄いことだ。でも、と思う。

音楽、演劇、物語――ひと言で言えば芸術は、まだ存在していないものだ。きっといつか誰かが見つける「真実」よりも、その人にしか生み出せないであろう「芸術」の方が、私には尊く思える。生み出されたものではなく生み出したプロセスに、生み出されたものではなくそれに触れて感動する瞬間に、人の生きている意味が凝縮されている気がする。