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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

エキストラ

いつもさぁ、エラそうなことを言っているわけじゃない? 人間は自由なんかじゃないし自由を求めてもいないんだ、自分に与えられた宿命を生きたいんだ、たとえそれが失敗だろうと敗北だろうと、自分にしか生きられない人生だという実感が欲しいんだ、って。失敗したら失敗したで、そこにまた生きる道があるんだ、って。

そういう生き方は、確かに美しいし、憧れる。遮二無二自分の意思を押し通すんじゃなくて、自分に与えられたものを受け入れていく生き方。たとえば神様のような存在が、私に「私」という役と台本を与えて、この世という舞台に私を立たせていて、私は既に最後まで決まっている物語を演じているんだ、って。最後に死んで幕が引かれると分かっていても、スポットライトの当たる主役じゃなくても、いま演じること自体に歓びを感じる生き方があるんだ、って。

全部、福田恆存の受け売りだけどね、感心したわけよ。あのお爺ちゃんは、そういう風に人生を考えて、きちんとその通りに生ききった。私も、そんな風に美しくありたいなって。

でも、無理だ私には。こうやって思い通りに行かなかったら、もうすぐにへこたれるもの。これまで何一つ思い通りになんて行かなくて、だとしたら、これが私に与えられた人生のはずでしょ? そう思えないもんね。これが私の人生だとしたら、台本を書いた奴を恨む。何の権利があって、お前が俺の役を決めたんだよ、と文句が言いたくなる。抗議する手段は知ってる。舞台から降りれば良い。そんなことを考えてしまう。

主役が無理なのは分かったけど、舞台に立った以上、一回くらいライトが欲しい。ひと言くらい、台詞が欲しい。それくらい、許されても良いんじゃないかな。