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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『ラ・ラ・ランド』

『ラ・ラ・ランド』 エマ・ストーン ライアン・ゴズリング ほか

女優を目指すミアと、自分のクラブを持ちたいジャズピアニストのセブが、出会って惹かれ合って、互いに夢を実現するも、結局二人は一緒になれなかった、という切ないミュージカル映画

負け犬が失敗と成功を繰り返し、いよいよ挫折するが最後に大成功を収める、という極めてハリウッド的な構成の、ミアとセブの2本のストーリーラインがある。この2本がところどころ恋愛によって交わり、互いのストーリーに影響を与える。と同時に、それぞれの浮き沈みが絶妙にずれることで、二人は永遠の愛を誓うに至らない。

もしこれが、成功しました、恋愛も成就しました、ならただの馬鹿アメリカ映画だが、作り手はそうしなかった。その上で、二人は結ばれないのだけれど、作り手は二人の"if"を描く。この演出のなんと効果的なことか。夢を追い求めた末に、手に入ったものと、手に入らなかったものが、鮮やかにドラマチックに浮かび上がる。映画にしか出来ない仕事だ。

正直、寸前まで見るつもりのなかった本作だが、いくら予告編を否定的に見ていたあのときから私の状況が変わったとは言え、オープニング早々泣かされるとは思わなかった。「脚本を書きたい」という夢を持っていて良かったと、素直に私は思った。映画字幕用の思い切った翻訳だけれど、「夢」はこの歌詞に凝縮している。

Or when my money's running low

The dusty mic and neon glow
Are all I need

And someday as I sing my song
A small-town kid'll come along

That'll be the thing to push him on and go go

オーディションに落ちても貧しくても
舞台に立てば力が湧いてくる
いつか僕の歌を若い子が聞いて
背中を押されたらすばらしい

文句がないわけじゃない。あのピアノのフレーズは多用されすぎでちょっと食傷気味だし、クライマックスまでのシナリオ構成は、巧みとはいえ意図が透けて見え過ぎていて、ラブストーリーとしてはだいぶ青臭い。肝心のミュージカルのレベルも決して高いわけではない。

でも、こういう作品は日本ではまず作られないだろうし、作られても恥ずかしくて観てられないんだよね。私たちはアメリカのことを知らないから観ていられるけど、これを日本人がやってると思うとやっぱり小っ恥ずかしいでしょ。目鼻立ちが平べったいとか、体型が不格好、という話じゃなくてね(それもあるだろうが)。これを恥ずかしいと思わずに作って、恥ずかしいと思わずに観ていられるアメリカ人が羨ましかった。英語勉強したいと、また思った。

聞くところによると、本作には過去の名作のオマージュと言われるものが多数ぶち込まれているらしい。まぁいくつかはなんとなく分かったが、この程度の知識しかなくても当然、楽しめる。多分、今年一番好きな映画を観てしまった(本年二回目)。