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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

付き合ってあげる

帰りの電車で会社の女上司に遭遇した。

家に帰る前に一冊本を買って喫茶店に行くのを人生の歓びとしている人で、帰る方向は違うのだけれど、乗る電車が同じなのだった。今年の三月に異動したからもう会わないと思っていたのだが、実はそれからも何度か見かけたことがある。私はその度、気付かないふりをして気付かれないように隠れていた。何故かって? つまらない自分語りが異様に長いからだ。

NOといえない日本人である私は、その喫茶店に付き合いで行ったことがある。おごりのコーヒー一杯で3時間、ぶっ通しで話を聞き続けた。オシッコを我慢しすぎて身体が震えて、脳が痙攣するような感覚に陥った人、いますか?

それからというもの、また機会があれば、なんて言いながら、なんとか喫茶店の話をしないように話の流れに注意し、仮に誘われたときは下手くそな言い訳を咄嗟に捻り出して、残念ながら行きたいのに行けない感を演出していた。まぁその苦し紛れ具合が、ある意味露骨なお断りにしか聞こえないレベルのものなのだけれど、そこが彼女の普通じゃないところで、これを額面通りに受け取って、隙あらばこちらをお茶に誘ってくるのである。

それで、とうとう彼女に再会してしまった。彼女がこの車両に乗ることを知っているから、私一人なら違う場所から乗車するのだが、最近何故か同じ仕事場のオッサンと一緒に帰ることになっていて(早く帰りたいのに歩くのは遅いし、そのうえ隣でタバコを吸いやがる)、このオッサンが決まった位置で乗車するものだから、もうどうにも逃げられなかったのだ。

うわぁ、久しぶりですねぇともの凄く嬉しそうな顔を自然と繰り出せる自分を素敵だと思った。短い車内の時間であれやこれやと話を聞かされた末に、言われた。「お茶ぐらいなら付き合うけど」。

「付き合うけど」とは何だ、まるで私が行きたいみたいじゃないか、と一瞬凄く腹が立った。いま思えば、行きたい演出をしていたのは私だったのだから、そういう表現になっても仕方なかったのかも知れない。

が、そんなことに頭を使っている場合ではない。なんとかして、お茶に行くことを回避しなければならない。それで私は1年ぶりに、また下手な言い訳を捻り出した。母が仕事を変わって帰りが遅いので(本当)夕食を私が作らなければならない(大嘘)と。

あぁそうそれは大変だ、じゃあまたね、といって、彼女が去り際に、簡単に作れる料理の話をし始めたので、私はとても複雑な気持ちになった。自分の嘘の下手さに嫌気がさし、それを信じる彼女が不憫でもあり鬱陶しくもあり、私のことを思って話してくれているんだから聞いてやりたい気持ちもあり、もう人の話を聞くのはウンザリという気持ちもあり。悪い人ではないだけに(いい人でもなかったが)、こちらが凹むのである。

まぁなんだ、これが20代の可愛い女の子だったら、お茶くらいいくらでも付き合うのだが、世の中上手くいかないものだ。嘘。若い女の子とお茶なんて緊張するから私はきっと行かない。