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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『アイアムアヒーロー』

アイアムアヒーロー 大泉洋 有村架純 ほか

謎のウィルスに感染し人間がゾンビ化した通称ZQNが大発生。漫画家志望で冴えない毎日を送っていた鈴木英雄は、高所ではウィルスに感染しないという噂を聞き、途中で知り合った女子高生・比呂美と共に富士山を目指すのだが――。

比呂美が実は赤ん坊に噛まれていたことから半ZQN化し、これを連れて先に進んだところ、廃墟と化したアウトレットモールに到着。ここにはZQNから避難した人々がバリケードを張ってコミュニティを形成していた。そのコミュニティには持っている武器によって序列が生じていて、一人の男が君臨している――というあたりから、ちょっとスケールダウン。

成り行きで(というかお膳立てによって)英雄は趣味であるクレー射撃用の銃を持ってここまで避難してきている。コミュニティの中に入れば、いきなりキングだ。ただし、それは撃てればの話。ずっと銃を持っていて、何度も撃つべき場面があったにも関わらず、英雄は撃てない。英雄がいつ誰のために銃を撃って、ヒーロー(=英雄)になれるのか、というのが本作のクライマックスに位置づけられる。

英雄はずっと普通普通と言われ続けていて、自己紹介をするときは必ず、英雄(えいゆう)って書いて英雄(ひでお)と付け加える。世界がひっくり返っても何者にもなれない、と嘆いていた英雄は、守りたいもののために戦うヒーロー(のようなもの)になれた。ラストで英雄は、ただの普通の英雄だ、と名乗るのだった。

好きだったのは二カ所。一つ目は、英雄が比呂美に「君は俺が守る」と言ったところ。まだ平凡な日常を送っていたときのこと、英雄は雑誌にマンガを持ち込んでいて、その凡庸で陳腐な内容を編集者に鼻で笑われていたのだった。そのマンガの一コマが「君は俺が守る」なのだ。先に提示したありきたりな台詞を、本気で言うためのシチュエーション、というのは案外胸を打つ。

もう一つは、ロッカーに隠れた英雄が、助けを呼ぶ仲間(女)の声を聞いて、飛び出そうとするシーン。大声で叫びながら突っ込んでいくとゾンビに噛まれてしまった――というのは想像。もう一度やってみる、ダメ、もう一度、ダメ、もう一度……何度やってみてもダメなパターンしかイメージできない。怖くて、外に出て行けない。……それでも!! と覚悟を決めるシーンは、それこそ普通の人には痛いほど分かる描写であった。

見終わった後、脇にしっかりと汗をかいていて、随分熱中してみていたんだなぁと思ったけど、多少かったるい感じがした。マンガにありがちな、人間の表面だけをなぞった「キャラ」ばかり登場するのは、アクション映画だから良いとしても、「いつ引き金を引くのか」を焦点に2時間持たせるのはキツい。それにいったん銃を撃ち始めると、大量のゾンビに向かってひたすら撃つだけになってしまって、単調。ちょっと楽しみにしていたんで、拍子抜け。