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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

好きなものに二度出会う

FFって今年で30年なんだって。私と同い年なのか。ゲームはほとんどしないけど、ドラクエとFFだけはやった。ドラクエは7まで。FFは8まで。ドラクエは5が一番好きで、FFは8が一番好きだ。

ドラクエは単純だし小さい頃にもやっているから、ストーリーを覚えているけれど、FFは大きくなってからやったものが多くて、ストーリーも覚えていないし、クリアしたかどうかもハッキリしない。リアルタイムでやったのは7と8か。7はラスト直前で放棄し、8も同じ轍を踏んだ気がする。「取り逃がし」に気付くと、それが気になってストーリーが楽しめないという、致命的なゲーム不感症なんだろう。

ただ、FF8はもう少し大人になってから一度きちんとクリアした。それで凄く感動した覚えがある。こんなにも作り込まれたストーリーが、RPGにはあるんだ、ということを知ったからだ。悪の大王を倒して世界に平和を取り戻すため漠然と前に進むだけだった、私のそれまでのRPG体験をぶっ壊してくれた。解説文とか読んでると、FF7なんか私は何一つ理解しないままやってたことがよく分かる。まぁ小学3年には(特に、馬鹿な小3には)少し難しいか。一番好きだというドラクエ5の良さに気付いたのも、多分これの後だ。

それでまぁ気付いたんだけれども、私が好きなドラクエ5FF8は、この間から散々言っている「過去の因縁と決着を付ける話」まさにそれではないか、ということだ。特にFF8よ。これ、主人公たちのストーリーが進行すると、途中ところどころで主人公の父親たちの過去を見る(っていうか操作して動き回る)ことになる。その父親たちが過去に訪れた場所を、いずれ現代の主人公たちも訪れることになるんだけれども、この劇構造って私が大好きな『八日目の蝉』そのものじゃないか。

私は既に出会っていたのだ。それに気付いた私は、自分の好きなものに二度出会うことになった。これが、これこそが、好きなもの探しだと、私は思った。