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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

好きだという思い込み

今でこそ映画が好きだとか言っているけれども、私って人間は本当に、好きなものというのが無い。映画が好きだというのも、どこまで本当なのか自分でもよく分からん。まぁ実際にいくつかシナリオを書いてみたりしているわけで、そうやって動いている以上は、多分好きなんだろうけれど、しかしどこまでのものだか疑問だ。そういう、どうしても熱くなれない、冷めた目で自分を見る自分が別にいる。思春期のガキのスタンスが30過ぎても抜けない。

しかし、考えてみれば、思春期どころかもっと小さな頃から、自分に好きなものが無いとか、何かに熱中する自分を冷めた目で見ている自分がいる、ということを無意識に思っていたのかも知れない。

自分で、これがやりたい、と思って取り組んだものは一つだって無かった。水泳をやったのも2歳の頃に親が私をスイミングスクールに連れて行ったのが始まりだし、塾に通ったのだって親がそういう話を私に持ってきたからだ。小学校二年生の幼い私に、塾で勉強してどうのこうのなんて、そんな明確な意思も展望もあるわけがないじゃないか。ピアノも数ヶ月(一年弱?)習っていたことがあるけれども、格好いいだの素敵だの周りの声につられて、なんとなくさせてもらっていただけ。ハンドボールをやりたいなんて言っていた時期もあるけど、あれも友達が何人かやっていたから。

そうそう、男の子はモノを集めるのが好きでさ、しかも下らないものね。酒の瓶の蓋とか、牛乳キャップとか。こんな汚いモノを集めて何が楽しいんだろうと思いながら、そういうのにも参加したな。珍しい消しゴムを集めるのを趣味にしている同級生がいて、これは羨ましいと思ったんだね、私も何かを集めたいと言ったことがある。しかしね、これも好きだから集めるんじゃなくて、集めたいから何かを集めるという、本末転倒なことになっているでしょう。それで私はその時点で少々数を持っていたキーホルダーを集めることにしたのだった。今じゃタダの荷物ですよ。

一番ひどかったのは野球か。野球が好きだ、野球がやりたい、と私は言い出した。そのときは後に失敗する中学受験をしていたものだから、結局野球はやらなかったけれど、なんでだろう、私はそういうことを言いだしたんだな。中学受験から逃げ出したかったのか(逃げ出すというほど勉強もしなかったのに)、あるいはスポーツ好きの父がとりわけ野球ファンだったからかも知れない。

でさ、テレビで野球中継を見るでしょう。全然面白くないの。なのに私は一人で頑張って見たりしていたんだよね。あと、それまで父親の横で野球中継なんか見ることなかったのに一緒になって観たりもしたな。阪神が点数を入れたら、隣でオヤジが手を叩いて喜んでいるけれど、私は何が嬉しいのかさっぱり分からなくて、自分は何かに熱くなれないんだ、って悩んだこともあった気がする。

父や祖父が何度か球場に連れて行ってくれて、そこで見る野球はちょっと楽しかったけれど、ガンガン応援して盛り上がっている人たちと自分との温度差が子供にもハッキリと分かったのだった。

要するに、私はこの頃から好きなものがなくて、「自分の好きなもの」が欲しかったんだね。本当に熱中できるもの、「私が」好きなもの。それが見つけられなくて、自分に嘘をついて、「好きなもの」をでっち上げた。好きだと思い込もうとした。

いまでも、「球場で観る野球は嫌いじゃないな」なんて言うことがある。多分、実際見に行ってみれば、そこそこ楽しめそうな気がする。でも、見に行きたいとまず思わないもの。スポーツやって勝った負けた、んなもん、どーでも良いじゃん、って思うから。でも、「球場で観るのは嫌いじゃない」なんていうのは、あのいわゆる黒歴史の事実を、つまり私が、好きでもないのに好きだ好きだと言っていたという土に埋めた真実を、人に掘り出されるのがきっと怖いからなんだと思う。

ともすれば私は人に影響を受ける。高校時代に聴いていた音楽は、私の好きな先輩が聞いていたものだ。藤沢周平浅田次郎をいくつか読んで「小説好き」を気取っていたあの頃があるのは、あのとき母が私に藤沢周平浅田次郎を勧めたからだ。演劇や映画が好きだと言っているのも、元を辿れば母がずっとそういう人だったから。

私がこのブログで何度も何度も「自分が好きなもの」について言及する理由が分かって貰えるんじゃないかと思う。自分が好きなもの、それこそまさに私であって、私が私である理由であって、私が私として生きた意味になり得るんじゃないか。だから、ここまで全てをまとめてひとことで言おう。

私は生きている意味が欲しい。