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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

「悲劇喜劇 2015年2月号」

「悲劇喜劇 2015年2月号」 早川書房

ケラリーノ・サンドロヴィッチ特集。前半は、劇作家と俳優が手をモミモミしながら、ありふれたおべっかを使う。後半は戯曲『社長吸血記』。

クドカンが自身の創作法と比較してケラを語る、というような触れ込みがあったから買ったのに、大したことは載ってなかった。要するに、ケラには明確な演出プランがあって、それをホンに織り込んでいく。自分はいい加減で飽きっぽいからそんなことしないし出来ない。それは作家が役者として舞台に上がるか否かという違いから来るものだと思う、という話。

それよりは別の劇作家が、仕事についてケラに相談したとき「お客さんに喜んでもらうのも、オレがやりたいことの一つだから」という旨のアドバイスを受けて、悩みが吹っ切れた、という話の方が良かった。そう、見る人の琴線に触れる、っていうのは創作者の真っ当な動機の一つだと私は思うんです。

劇作家の話はともかく、役者たちはみんな「ケラさん凄いっす、これからもよろしくお願いしまっす」みたいなことばっかり書いてて、まぁ当然っちゃあ当然だろうが、こんなもん会社の飲み会と一緒じゃん、と思った。中でも奥菜恵は酷いな。おべんちゃらすらまともに言えてない。魅力的すぎて、好きすぎて、言葉に出来ない……☆ミ みたいな文章化することからの露骨な逃げ。まぁ私もしょっちゅうやることなので、きっと奥菜恵はケラの舞台を嫌いではないんだろうなぁというのは、分からなくはないんだが。その点、緒川たまきは知性的な文章を書いている。紙幅の問題もあってあれこれ語っているわけではないけれど、取材に対してとても真摯に回答しているのが窺える。

ケラ自身による話は、これついつい買ってしまった『キネマと恋人』のパンフと内容が概ねかぶっていて、良くも悪くもこれがこの人の実寸大なんだろうなと思った。ケラはやりたいことだけやっていきたい、で、自分はやりたいことだけやって生きてきた、と言っている。やりたいことだけやって生きたいのは誰でもそうで、実際は彼だってやりたいことだけやって生きてきたわけではないだろうけれど、いやしかし、大いに運が絡むとはいえ、次の発言にはドキッとした。

今も、よくいろんな人に相談されるんですよ。「自分のやりたいことで食っていけるようになるためにはどうすればいいのか」って。でも生活するために稼ぐにはどうしたらいいかなんて計算を、ぼくは一回もしたことがない。生活のためではなく、やりたいことをやったことで生まれた金でなんとか生きていく。やりたいからやっているだけなんですよね。(p.28)

これは、素直に憧れる。

ただ、『社長吸血記』はダメだ。全然受け付けない。ナンセンスコメディというやつか。なんか言葉尻を捕らえて屁理屈に屁理屈で応酬するみたいな会話が延々続く。とても最後まで読むことが出来なかった。

悲劇喜劇2015年2月号

悲劇喜劇2015年2月号