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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

YELLOW YELLOW HAPPY

上司の一人が話をしているのが聞こえてくる。なんでも、彼は自分の性格やものの考え方が気に入っているのだという。オレは自分のことが好きなんだと。それで生まれ変わってもまた自分になりたいんだとか。ポケットビスケッツ以来のフレーズだ。いやWhiteBerry以来か。こうやって同じ仕事にも就きたいというのだから筋金入りである。私の理解を超えている。そういう人が本当にこの世に存在するんだなと思った。

「自分のことが嫌いだという人間のことをオレは理解できない。きっと自分のことが好きな人間には理解できないんだろうな。嫌いな部分があるなら直せば良いのに……って言うと、そんな簡単に直せるんだったら自分のこと嫌いになんかならないって怒るから、オレはもう何にも言わないけど」。

それを聞いていた女性社員がウンウンと相槌を打っている。60手前くらいで、多少衰えがあるとはいえかなり美人である。片平なぎさのパラメーターを操作して、気品と知性の値をMAXにしたような感じだ。口から出る言葉までも美しい。掃き溜めに鶴を具現化している。高麗の貴族の血を引いているとかいう噂があって、そう言われるとそれが本当に思えるくらいだ。

「――でも、それってもの凄く大事なことですよね。自分のことが好きって。そこから全部始まるから。うちの娘二人も自分のことが嫌いだって言うの、困っちゃう」

ちなみに、これも伝え聞いた話だが、この女性の娘二人も、母の貴なる血を受け継いだ美女でかつ才女なのだという。しかし母は娘のことが分からない。美しく賢く生んでやったのに、何が不満なんだ――と口には出さないが。

そりゃあ私だってシナリオを書いて一次を通過したり二次を通過したりしたときは、もしかして天才ちゃうかと自画自賛したり、風呂上がりに鏡に映った自分を見て案外イケてるんとちゃうか等と、気持ちの悪い自己愛を発揮することはある。ただそれは自分のことが好きだっていうのとはちょっと違う。どちらかと言えば自分のことが可愛いとか甘やかしなどといったものと同じカテゴリーに入れるような話だと思う。

ところで、自分のことが嫌いだというのは若さ故なのか。若さ故に理想がある故に、今の自分を嫌うと言うことなのだろうか。あと15年もすれば、私もこの人の年齢になるのだが、その時私は自分のことを好きになっているのだろうか。うーん、とてもじゃないがそうは思えんな。

生きているのが楽しいと思っている人が実は多数派であることを知ってショックを受けたつい先日に引き続いて、自分のことが好きだという人も多くいることを知って驚いた。みんな自分が好きだから、生きているのも楽しいんだろうな。