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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

まだ涙は流れるか

上司と話をしていた。年齢は40半ば。高校を卒業してからこの仕事をしているという。結婚はしていないが、彼女がいる。まぁ色々と事情があって内縁関係なんだそうだ。その彼女はもうずっと病気で、脳から内臓から精神まで片っ端から医者のお世話になっているらしい。いまさらあばよと捨てるわけにも行かず、月に二度ほど有休を取っては病院に付き添っているのだとか。

という話は随分前から聞いていたけれども、そんな事情はともかくとしても、この人は一体何が楽しくて生きているんだろう、って凄く失礼なことを私は内心思っていたのだった。仕事は同じことの繰り返しだから、充実のしようもない。10年以内に機械に取って代わられるだろう。もはや新たな仕事というのも考えにくい。そもそも、やりたい仕事なんかありゃしない。好きなものがない。趣味も無い。やることといえば、家に帰ってテレビを見るか、暇つぶしでゲームセンターに行くか、だという。昼飯なんか毎日同じモノ食ってるし。話をしていてもあんまり面白くない。私が言うのも何だけど、魅力の無え人生送ってんな、っていう感じだ。

そんな上司が、彼女がむかし受けた手術の話をしていた。2時間ほどで終わると言われた脳の手術が5時間掛かっても終わらなかった、という話。待っている間、そこを離れることも出来ず、何もすることがなかった。病院側から経過を報告されることもない。もしかしたら手術が失敗したんじゃないか――と思ったらしい。そして、そのとき自分が泣いていることに気付いたのだという。あぁ涙はまだ流れるんだ、と思ったという。

私は少し反省した。この人、ちゃんと生きてるな、って。意味がないとか、楽しくないとか、弱音を吐かずに生きてるな、って。もちろん、本人は意味がないとも楽しくないとも思っていないのかも知れない。ただ上手く言えないけれど、見えるところだけが人生じゃないよな、と当たり前のことを思ったりした。普段、どんなことを思ったり、どんなことを感じたりするのか。単調な毎日でも、そこの小さな浮き沈みが、まさに人生なのだな、と思ったのである。