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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

『幸せを運ぶ』

○舞台袖
   堆く積まれた座布団。
   舞台から捌けてきた山田(25)がそこに腰掛ける。
   山田は赤い着物を着ている。
山田「あだ名、あった?」
   山田の正面には、地べたで三角座りをしている田中(22)。
   田中は淡い緑色の着物である。
田中「いや、あったんですけど」
山田「ん?」
田中「なかったというか」
山田「なんだよそれ」
田中「先輩は? あったんですか、あだ名」
山田「山田くん」
田中「それ、あだ名じゃないでしょ」
山田「え、違うの」
田中「違いますよ。だって先輩、名字は?」
山田「山田」
田中「ほら」
山田「なにが」
田中「俺だって、田中くんって呼ばれてましたよ」
山田「そりゃあだ名じゃないな」
田中「でしょ?」
山田「いや違うんだよ。そうじゃなくて」
   その時、舞台の方からまばらな笑い声と拍手が聞こえ、
   「山田くーん」とお呼びの声が掛かる。
   乱暴に座布団を手にとって、舞台へ出ていく山田。
   程なく、山田戻ってきて
山田「あーあ」
田中「最近多いっすよ、それ」
山田「ヤなんだよ、モノ運ぶ仕事」
田中「これも修業なんじゃないっすか」
山田「バカ、座布団運んでハナシが上手くなるかって」
田中「俺なんか舞台袖にいるだけでもワクワクするけどなぁ」
山田「じゃあお前がやれよ」
田中「いや、でも……」
山田「いいじゃん、行けよ。さっきまで赤かったのに、
 急に緑のが出てきたらサプライズじゃん」
田中「っていうか……」
山田「なんだよ」
田中「俺、山田じゃないし」
山田「あ、言ったな? お前、言ったな?」
   と、田中に掴み掛かる山田。
山田「山田ってだけでランドセル運びさせられた奴の気持ちが分かんのか」
   その時、近くを誰かが通ったらしい。
   気付いた二人、居住まいを正して、そちらに向かって挨拶。
二人「おはようございます」
   誰かは通り過ぎていったらしく、それを二人で見送る。
   急にだらしない体勢になる二人。
山田「お前のあだ名教えろ」
田中「いや、あったんですけど」
山田「はぁ?」
田中「なかったんです」
山田「もういいよ、それ」
田中「……メガネ…2」
山田「なに、『2(に)』って」
田中「1,2,3の2です」
山田「いや、それは分かるよ」
田中「話すと長いんすけど」
山田「おう」
田中「小学3年生の時ね、選挙で学級委員長を決めたんですよ」
山田「うん」
田中「で、そいつ『仲の良いクラスにする』っていう
 マニフェスト掲げてやがって」
山田「……」
田中「それで、そいつがぶっちぎりの最多得票で委員長になったんです」
山田「嫌な予感しかしないな」
田中「そしたら、これからはクラスメイトをあだ名で
 呼び合うようにしようっていう政策を実行に移しだして」
山田「うわぁ」
田中「学級会で一人ずつあだ名を決めていったんです」
山田「それで」
田中「それで、メガネ2」
山田「…もう一人メガネがいたんだな」
田中「いや、メガネなんて他にも何人かいましたよ」
山田「……」
田中「メガネなんてあだ名、メガネくらいしか特徴がない奴のあだ名で」
山田「んー、まぁ、ねぇ…」
田中「しかも2。俺より前の席にメガネがいたから」
山田「コンタクト付けてたら、どんなあだ名になってたんだろうな」
田中「……」
山田「失敬」
田中「メガネはメガネって呼ばれてたし、メガネ3もいたんですけど
 そっちはメガサンってあだ名が定着したし」
山田「良いじゃん、お前もメガニで」
田中「いや、結局誰もあだ名では呼んでくれなくて、田中田中って」
山田「お互い、名前では苦労してんだな」
田中「はい」
山田「そういえば、下の名前は何だっけ?」
田中「(絶句)」
山田「(田中の反応を見て絶句)」
                              (おわり)