読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

意思のやりとりを実地で訓練する

もうすぐお昼休みという頃、仲の良いバイトのおばちゃん(以下、お姉さん)と無駄話をしていたら突然「ごはん行こう」と言われた。内心もの凄く驚きながら平然を装って「行きましょう行きましょう」と答えた。それから「でも、僕たちって休憩の時間が別じゃないですか?」というと、お姉さんはキョトンとした顔をしている。それでハッと気付いたのだが、夜ご飯を食べに行こうよ、というのだ。せっかく装った平然がすっかり引き剥がされて「あぁ、い、行きましょうい行ききましょう」と噛みまくる始末。本当に様にならない男である。

女性とご飯に行ったことなんて殆どない。お姉さんとは確かに多少話は盛り上がるけれども、一体何を話せば良いのかもサッパリ。ましてやこの年齢差。いや、逆に母親だと思って話せば良いか、これも人生経験の一つだろう、とか自分に言い聞かせ、ずっとこのことばかり考えて午後を過ごしていた。

職場の近くの居酒屋に入ったは良いが、こういう店には来慣れていないし、またお姉さんがどんなものを好んで食べるのかも分からない。ずっと様子を窺ってばかりいるのもアレかと思い、とりあえず頼みましょうかと串の盛り合わせを持ってきてもらうと、肝やらココロやら苦手なものがゴロゴロ。お姉さんが食えないというので、私は本日二度目の平然を装って、それを平らげた。口に広がる血液の味が何とも言えぬ不快感であった。

話は盛り上がったり、盛り上がらなかったり。概ね、仕事がつまんないという話と、私の今後の身の振り方をどうするか、という話で、お姉さんはこの話が聞きたくて私を誘ったと言うんだから奇特というか気の毒である。今の仕事に就いて、こういう二人きりの食事って何度か経験があるけれども、私が一方的に話を聞くばかりで、しかし私が話す番になっても私は話したくないことが多すぎて、身を切り売りするような感覚になるものばかりだった。その点、今日の席はバランスが良かったというか、もしかしたら私の方が喋りすぎたかも知れない。

こんな人間と一緒に時間を過ごしてお姉さんは楽しいのだろうか、とずっと気が気じゃなく、口下手だから意図しないニュアンスが出てしまったり、言わなくても良いことを言って気を悪くしたんじゃないかとか、相手の満足するリアクションが取れていないなと感じることもしばしばで、コミュニケーションというものの難しさを痛感するばかり。必死で笑いを取りに行って、それなりに笑って貰えたからよしということにしておけば良いのか。

私の方が経済的(時給的)には圧倒的に余裕があるというのに、お姉さんは奢ってくれて、この時間にそれだけの価値があったと思ってもらえていたのなら、それが一番ありがたい。って、コミュニケーション技術の拙劣さと、私の性格面の問題が原因の大部分を占めるとは言え、こういうことにずっとビクビクしているから、私の周りには人間がいないんだろうな。