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京都鴨川藝術大学

Kyoto Kamo River Imaginary University of the Arts

違う違う、そうじゃない

朝、会社へ向かうバスの中で新人の彼女を確認した。停留所に到着し、私は先に降りた。当然、彼女は後から降りてくる。どうしようか。振り向いて、おはようと言うべきか。それとも――と思っていると、何のことはない、彼女は私の横を小走りで通り過ぎていく。

えっ、違う違う。そうじゃない、私が望んでるのはこれじゃない。「絹川さーん」と私の名前を呼んで、追いかけてきてくれなきゃ。数日前にあったアレをここでも再現してくれなきゃ。それで会社の入り口で彼女が私に気付いて、おはようございます、なんて挨拶を交わして、あとはまた昨日と一緒だ。ちょこっと話し掛けて、ちょこっと会話が続いて、そこからしばらく沈黙があって、の繰り返し。遠慮されてるのか避けられているのか分からないけど、寂しい。いや、私が会話を引っ張らないのが悪いのか。とはいえ、仕事の質問はちょこちょこ私にしてくれるようになったし、1往復しかしなかった会話が2往復するようになったりして、少し進歩したかな。

仕事が終わって帰りも同じバスだった。私はもう鬱陶しがられるのを覚悟で話し掛けることにした。普段なら女性になんて相手にされない私だけれど、先輩の地位を利用して、女の子と喋る練習をさせてもらうことにしたのだ。

色んなことに気付いた。話せば話すほど、そりゃ私モテないよなと思う。話の展開がオッサンだし、質問に質問を重ねるくらいしか間を保たすテクニックがないし、自分のことを話そうとすると心のどこかでストップが掛かってしまう。これ、女の子と話すのが苦手とかいう問題じゃなくね? 思えば私には、まともに話をする男友達すらいないのであった。

しかし、不思議と落ち込まなかった。テスト前に集中して勉強したときのような充実感に似ている。いい経験をさせてもらったな、と思った。この数日、仕事に張り合いがあった。来週から、また別部署勤務なのが、いまは悲しい。